本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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風邪気味とスペシャルドラマ

8月29日(月)

 定時起床。起きたときから頭が痛い。風邪かもしれないが、疲れの可能性もあるので、とりあえず服薬せずに様子をみることに。本日も朝から夕方まで出仕事。ネットニュースにこんな記事が。
【「オタクです」で『電車男』割引 藤沢の映画館 自己申告“殺到”で延長………………神奈川県藤沢市の映画館「フジサワ中央」(藤沢映画興行)は、上映中の映画「電車男」で、高校生以上の客が「オタク」と申告すれば料金が安くなる「オタク料金」を設定、反響を呼んでいる。一般千七百円、大学・高校生千四百円に対し、「オタク」は千三百円。証明は要らず、窓口で「オタクです」と、自己申告するだけでOKだ。インターネットや雑誌でも取り上げられて話題になり、来館者の半数以上が利用。「オタク」には程遠いような女性客も「オタク三枚」などと楽しんでいるという。提案した同社営業管理部の新田浩二課長(40)は「内向的な『オタク』青年が勇気を出す映画なので、映画館に来た『オタク』な人たちにも声を上げてほしいと思い、半分しゃれで始めました」と話している。思わぬ反響で、同社は当初八月いっぱいだった上映期間を九月九日まで延ばす。】
 なかなか気の利いた趣向であると思う。配給元とか親会社なんかの仕掛けにただ乗っかるのではなく、現場の判断で独自のフェアやイベントをするというのは意気込みが感じられておおいに結構(これは書店についても同じことが言えるな)。こういう動きが全国的に拡がれば、斜陽と言われる業界もちょっとは活性化していくのではないか。
 五時半すぎ帰宅。頭痛はいっこうにおさまらず、ちょっと熱っぽい気もするので、ついに市販の感冒薬を服む。と、現金なものであっという間に体調が回復してくる。もっと早くにこうすりゃよかった。夕食、入浴を済ませて『バディ』連載の原稿書き。八時頃ようやく書き上げ、送信。続いてビデオレビューに取りかかるが、イマイチ筆がのらない。ドラマ仕立てのAVは最近どんどん難解になってきて、解説を書きづらいのである。苦悶。
 九時からはTBSのスペシャルドラマ『広島・昭和20年8月6日』。かの地で原爆投下の瞬間まで、不自由な状況のなか、懸命に生活を営んでいた姉妹の姿を丹念に描いた力作である。オープンセットとして復元された当時の広島の街並は見事で、とりわけ「産業奨励館」(後に「原爆ドーム」と呼ばれるランドマーク)の見事さには圧倒された。局およびスタッフ(一昨年評判となった『さとうきび畑の唄』も手がけた)の力の入魂ぶりにはひたすら恐れ入った(ラスト近く、国分太一の慟哭の場面には鳥肌が立った)。感想は色々あるのだが、何を言っても結局は「ヌクヌクと育った世代のお気楽な意見」となってしまうと思うので(短絡的に「戦争はいけない」「原爆はひどい」と語るのはとても簡単なことなれど)、あえてここには書きません。独りでじっくり反すうしたいと思う。ただひとつ言えるのは、オレらが子どもの頃には、夏になればそれら向けのメディアでも必ず「戦争」というテーマに対してかなりのページを割いていたなぁ、ということ。作家にしろ編集者にしろ戦中派がまだまだ多かった時代だからであろうが、『少年ジャンプ』は特に顕著で、さまざまな連載漫画、かの『トイレット博士』のなかですら「反戦」を謳うエピソードを登場させていた。そもそもジャンプには「執念の語り部」である中沢啓治先生の『はだしのゲン』も長期連載されていたから、われわれは否応無しに「戦争」という事柄について考えざるをえなかった。いうなれば「刷り込み」であるから、そこに賛否両論はあろうかと思うが、しかし現在のように「ふわふわしたファンタジー」ばかりを供給し続けるよりはマシかと思うのだが。「漫画」というのは視覚と知覚の双方に圧倒的訴求力をもって攻め込んでくる媒体であるから、幼少期にそれを通じて得た情報は、中高年になってからも脳内でしっかりと根を張り、息づいている。オレの「戦争観」は『少年ジャンプ』によって形成されたといっても過言ではないだろう。いかにも「マンガっ子」と呼ばれた世代らしい話である。偏った思想・いびつな正義感の持ち主たちのプロパガンダとして「利用」される懸念はなきにしもあらずだが、しかし様々な媒体でこれからも取り上げていく必要はあるだろう。ムシ並の知能しかないガキどもから「もういいよ」「うぜぇ」とか言われたとしても。あれらのことを「風化」させてしまうのはやはり罪だろうと思う。あの爆撃機の愛称には「ゲイ」という単語が用いられている(B29爆撃機「Enola Gay(エノラゲイ)」)。 まったくのこじつけだが、これも何かの縁だと思って、せめてコチラ側の人間は、あの問題について生き続けるかぎり、思いをはせていてほしいものである。
 零時近くまでパソコンに向かい続けるも原稿は遅々として進まず、ついにタイムアップ。明日も早いし風邪気味でもあるので、寝ることにする。今夜は色々と考えましたオレ。
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  1. 2005/08/30(火) 18:52:42|
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八王子とホントにあった(?)コワイ話

8月28日(日)

 前夜、酒を呑んだせいか、ややゆっくり寝ようと思っていたのに六時に目覚めてしまう。午前中は仕事。ビデオレビュー用の作品を観てポイントをチェックしてみたり。
 正午外出。本日は八王子のバー“Chez Stream”で月イチの「ゲイの老後(未来)を考える会」があるのだ。徒歩で新宿、京王新宿駅へ。特別快速とかだとかなり早く着くのだが、急ぐわけでもないし、読書タイムとして有効活用できるので、あえて各駅停車を利用する。二時頃、京王八王子着。駅ビルの本屋(売場面積も品揃えもなかなかのもの)をぶらついたり、ブックオフを覗いたりしたあと、手みやげの和菓子を買って会場へ。三時チョイ過ぎに着くが、まだほとんどメンバーは揃っていなかった(主宰者である勝山氏も席を外していた)。半近くになってようやくそこそこ集まり、スタート。『メゾン・ド・ヒミコ』感想座談会の参加者募集告知などをさせていただく。例によって六時まであれやこれや様々な意見交歓がなされる。某団体の“呪怨”並にコワイ噂話(というか実際の体験者から直に聞いた話だというが)も聞き、背筋に冷たいものがはしる。六時からは食事会。本日のメインメニューは「そうめん」。買い出しから調理、会場設営、後片付けまでを分担してそれぞれが受け持つ。外食でもべつにいいのだが(費用だってそんなに変わらないし)、この「みんなで作って、食べる」という部分に勝山氏は重きをおいているのだ。いわく「仕事の運び方を見ていると、その人の人となりが見えてくる」んだとか。“グループホーム”というものをひとつのゴールとしている氏ならではの言葉である。
 食事のあとのバータイム。雑談していたらあっという間に一〇時。皆に挨拶して辞し、中央線で帰途に。十一時すぎに帰宅。入浴後、メールやmixiなどをチェックしてから零時頃就寝。京王八王子駅ビルの本屋はちょっと気に入ったかもオレ。
  1. 2005/08/30(火) 18:52:05|
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ノンケ読者と買いやすい表紙

8月27日(土)

 ほどほどの時間に起床。雑用や原稿書きなどをしたあと、午後三時外出。徒歩で新宿。買物などをしたあと、四時半ちょっと前に二丁目のコミュニティセンター「akta」へ。本日は『薔薇族』の公開ミーティングなり。
 一番乗りは、誌面での告知を見て、はるばる山形から来てくれた(いや、べつにこのために来たわけじゃないけどね)ノンケ青年。「ウラモノ文化」としてのゲイカルチャーに興味があるんだそうだ。「グラビアとビデオレビューに目をつむれば、フツーに雑誌として楽しめる」と言ってくれた。まさにオレが想定したマンマの人で、にんまり。彼は、裏表紙から男の子の写真がなくなったおかげで「ようやく買えた」んだそうだ(「たとえ中身は過激であっても、表紙だけは万人に買いやすいようにおとなしく」というのはオレの持論。以前、表紙の候補写真を見せられたとき、「乳首の出てるものはダメ!」と主張したのはそのためである)。「美輪明宏対談の号とかも、ホントは欲しかったんだけど、レジに持っていく勇気がなくて買えなかった」というので、「ぜひバックナンバーをお買い求めください。唐沢対談や月光トーク完全収録も面白いですよ」と言っておく。サービスとしてTLGP開催記念コピー本をプレゼントする。
 この日の出席者は、彼に加えて、今月号で売文家デビューしたマイミクのKendoneくん、おぐ氏、とやまみーやさん。みーやさんにはサインを貰っていただくために、睦月影郎先生の著書を預ける。遠方からわざわざ来てくれたKendoneくんにもコピー本を進呈。六時頃まで話したあと、西口へ移動。明日までの開催となった『Rainbow Arts』会場へ。新井敏之くんは本日も野球選手のコスプレで来客の応対にあたっていた。筋金入りだなぁ。
 鑑賞のあと、近くにある“さくら水産”(毎度おなじみ)で食事会。よく呑み、よく食べ、よく語り、気がついたら十一時をまわっていた。勘定を五人で割ると二千百円弱。相変わらず安いねぇ。店を出たところで皆さんと別れ、スポーツドリンク飲みながら徒歩で帰途に。十一時半頃帰宅。入浴後、連絡メールなどを送信し、就寝。“さくら水産”がいつの間にか定番になってるなぁオレ。
  1. 2005/08/30(火) 18:51:31|
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台風一過とギネスに挑戦

8月26日(金)

 朝五時に目覚しで起きる。台風は夜のうちに去った模様。が、気圧がまだ狂っているせいか(と責任転嫁)どうしても起きあがれず、二度寝。つぎに目覚めたら七時半になっていた。ヒィと内心叫びつつシャワー。簡単に朝食を済ませ、ちょっと仕事。来月開催する映画『メゾン・ド・ヒミコ』感想座談会の告知文作成と、『バディ』編集A氏へ連載リニューアルにまつわる連絡メール。あわてて書いてるうちに外出予定時間となる。本日は櫻田宗久くんの『薔薇族』グラビア撮影の同行なり。
 九時半すぎに家を出て、一〇時ちょっと前、徒歩で新宿西口スバルビル前。ここはAVなどのエロ物撮影隊の待ち合わせ場所の定番としてつとに知られた名所でもある。編集・S-1氏と落ち合うも、かんじんのモデルくんが事務所の連絡ミスで待ち合わせ時間を知らされておらず、まだ湘南の自宅にいるとのこと。撮影スタジオの最寄り駅で落ち合うことにして、我々は小田急線で狛江まで移動することに。急行から各停への乗り換えを間違い、いささかのロスが生じたけれど、モデルくんはさらに時間のかかる場所から来るので余裕々々。駅構内のミスタードーナツでお茶しつつ、到着を待つ。しばらくしてようやく到着。大遅刻をしきりに恐縮するなかなか礼儀正しい好青年タイプである。クルマでスタジオまで移動。少し休憩したのち、撮影に入る。
 本日のスタジオは、住宅街のなかに建つモダンで真っ白な一軒家。生活感を徹底して排した感じで、純白のタイル張りの広いルーフバルコニーが付いた上階は、まるで「地中海のコテージ」のよう。いや、そんなトコ、実際に行ったことなんかないんだけどね。ビンボー人の思い描く「なんとなく」のイメージである。
 撮影は、まずはバルコニーからはじまった。台風一過のわりにスカッとは晴れてくれず、雲が薄皮一枚残っている感じ。なのに暑い! バルコニーに立っているとジリジリと焦げてくる感じ。ようやく外撮りが終わって室内へ。スウィートでファンシーなカットのあとは、かなりフェティッシュなパートに突入。撮影にあたっては、オレのフェチ学も盛り込んでおいた。どのようなものであるかは九月二十一日発売の号を見てもらうとして、「従来のゲイマガジンではあり得なかったこと」をしているとだけ予告しておこう。
 四時頃終了。撤収し、櫻田くんとモデルくんを狛江駅で降ろしたあと、都心へ戻る。夕方のラッシュのせいでけっこう時間がかかった。新宿は職安通りの入口あたりで降ろしてもらい、スーパーでちょっと買物をして徒歩で六時頃帰宅。夕食・入浴のあと、原稿書き。本日は、テレビ朝日が「18?24時の間に、計52人のお笑い芸人を起用した資生堂『uno(ウーノ)』のCM(全54パターン)を流す」というギネス挑戦企画をやっていた。局や代理店も大変だったろうが、いちばん心配だったのは、老骨に鞭うって五十四パターンのナレーションを担当した谷啓氏である。
 九時からはスタジオジブリのアニメ映画『猫の恩返し』。大作の陰に隠れてしまった「存在すら忘れられかけていた」小品ではあるが、猫好きがボーッと眺めるのにはまぁいいかも。まだ今ほどは売れてなかった頃の山田孝之も声優出演しているんで、彼のファンにもいいかも。
 零時頃までパソコンにむかうがあまり調子はよくない。あきらめて就寝。久しぶりに猫と触れあいたくなったなぁオレ。
  1. 2005/08/30(火) 18:50:52|
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クラリオンガールとオカマのムエタイ選手

8月25日(木)

 定刻起床。台風接近にともなう悪天候のなか、本日も朝から夕方まで出仕事。オレの目を惹くニュースが二本。
【クラリオンガール 15歳がグランプリ………………アグネス・ラムらを輩出した「クラリオンガール」の最終選考が24日、都内で行われ、5046人の応募の中から都内の高校1年生・佐野光来(みく=15)が05年のグランプリに輝いた。目標は所属事務所の先輩・若槻千夏(21)で「若槻さんみたいに毒舌でバラエティーをやりたい」と笑顔。身長1メートル58で小麦色のスレンダーボディーの持ち主。03年クラリオンガールの通山愛里(16)は高校の同級生という。】
 じつはこの佐野という子はこの春まで『おはスタ』のアシスタント“おはガール”だった子。司会のヤマちゃんこと山寺宏一氏も今朝の放送で、今回の朗報を興奮気味に伝えていた。“おはガール”ももう何代も続いているため、のし上がった者も消えてたいった者もいろいろといるが(窃盗アイドル、通称“盗んドル”のあびる優も元おはガール)、彼女にはこの受賞を足がかりに、どうか大きくはばたいてもらいたいものである。ただ、目標が「若槻千夏」というのはあまりにもセコすぎると思うのだが。すぐに実現できてしまいそうである。あるいはジョーク(もしくはイヤミ)で言ってんのかな? 
【あの性転換ムエタイ選手・パリンヤーの半生が映画化………………タイの元ムエタイ選手で性転換手術を受けたパリンヤー・ジャルーンポン(24)が24日、東京・桜丘町のセルリアンタワー東急ホテルで行われた、自身の半生を描くタイ映画「ビューティフル ボーイ」(エカチャイ・ウアクロンタム監督、10月公開予定)の来日会見に出席した。男に生まれムエタイ最強戦士として活躍する一方、女性の心を持ったパリンヤーの自伝物語。主演は元ムエタイ選手で今作のために引退し俳優デビューしたアッサニー・スワン(25)。チャダーというタイの王族が身につける金色の髪飾りにドレス姿のパリンヤーは「前に来日したとき、キレイと言われましたが、タイ語では“ブス”という意味で最初はビックリ。後で褒められたと分かりホッとした」とエピソードを披露。一方、今作でタイのアカデミー賞、スパナホン賞の最優秀男優賞を受賞したアッサニーは「彼女が葛藤にどう打ち勝ってきたかをじっくり考えた」と好演技の秘訣を披露した。】
 これなんかはあの『アタック・ナンバーハーフ』みたいな感じで特定層の話題を集めそうな予感がする。じつはオレは、パリンヤー嬢のホンモノと遭遇したことがあるのだ。あれは確か九六か九七年のとある日曜日の午後、二丁目の夜の社交場・新宿公園の前を通りかかったとき、かの日景“いいじゃないですかァ?”忠男氏がケバい異国のネーチャンと共に雑誌の取材を受けているのを見た。そのときはたいして気にも留めずにやりすごしたのだが、後日、写真週刊誌を読んで驚いた。てっきり女だと思っていたのが、じつはかの名高き“オカマのムエタイ選手”だったのだ。そうと知ってりゃもっと近くでよく見とけばよかった、と後悔したのは言うまでもない。
 夕方、オレの帰る頃はちょうど雨風のエアポケット状態のときで、降っても吹いてもいなかった。なので寄り道して、駅前の髪切り屋でヘアカットなんぞしてみる。店を出る頃にはポツポツと小雨が落ちはじめてきたが傘をさすまでのものではない。 五時五〇分頃帰宅。夕食、入浴のあと、仕事をはじめるが、気圧が乱れているせいかやたらと眠い。ついに本日の原稿書きをあきらめ、「明日、五時に起きてやりますから」と自分の心の中の誰か(誰なんだ?)に言い訳しつつ、一〇時には寝てしまう。横になったとたん泥のように眠ったんですオレ。
  1. 2005/08/30(火) 18:50:12|
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