本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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多様な性とグッドアイデア

3月5日(日)

 六時半起床。シャワーを浴びて、『轟轟戦隊ボウケンジャー』。今週初登場の第三のシンジケート「ダークシャドウ」は忍者の末裔という設定。その幹部として「風のシズカ」というくノ一がいるのだが、これが『ハリケンジャー』のフラビージョ(山本梓)を彷佛とさせる天然脱力系ギャル悪役。フラビージョ好きだったオレとしては、これでぐんと番組に対する点数がアップする。ちなみに演じている「山崎真実」という子は、番組HPによれば「書店にいけば、必ず目に入るくらい売れっ子のグラビアアイドル」らしい。ふーん。
 雑用をいくつかこなしてから十一時半、外出。高田馬場で古本屋を足早に覗いてから、一時ちょっと前に目白の学習院大学。全国規模のセクシャルマイノリティイベント「Rainbow Talk 2006」の東京大会を見見るのである。会場に着くと、本日のスピーカーである石坂わたるくんのパートナー、赤杉くんと鬼レズつっちーがロビーに。ちょっと話してから会場内へ。入ると……うわっ! だだっ広い教室は、人、人、人で埋まっていた。最終的には95%の入りになった(あとでスタッフに聞いたら、二二〇人ほども集まっていたらしい)。「同性婚」というテーマなのだが、やはり関心ある人が多いのだろうか。見知った顔が何人かいたが、オレはこういうところでは恥ずかしいので、あちらがこちらに気づいていない限り、声はかけないことにしている。「やぁ、●●さん」なんて言いながら場内を回遊……なんて社交界の花形みたいなマネはオレにはできません。お知り合いの皆様、べつにシカトしてたわけじゃないので平にご容赦を。
 それはさておき、今回のスピーカーのメンツはなかなかおもしろかった。ゲイのわたるくん、レズビアンの尾辻かな子大阪府議などのほか、男から女になって女性と交際している方、その逆に、女から男になって男性と交際している方なども壇上に上がられて、性の多様性というものをマザマザと見せつけられた感じ。そういう方々が数多くおられることもモノの本で読んでは知っているが、やはり実際におなじ空間にいて、問題点や障害などを直に伺うと、胸に迫ってくるものが違うね。憎んでも嫌ってもいない配偶者と別れ、可愛い子どもと離ればなれになるという大きすぎる代償を支払ってもなお「本来の自分の性に戻りたかった」という切実な訴えを聞きながら、そういうツラい状況をその人に強いてしまっている社会制度の不備というものへの憤りがフツフツとわいてきた。昨日、『逢わせ屋』という生き別れの肉親との再会番組の再放送をちらっと観たが、もう一五年、二〇年もしたら「離婚後、おばさんになっていた父と涙の再会!」みたいなケースもフツーに出てくるかもなぁ。
 しかし、会場から寄せられた質問「あと何年待ったら、同性同士の関係が社会保障の対象となりますか?」は、まさに現在の同性愛者の意識レベルを如実にあらわしている感じ。「権利というのは与えられるもの」という先入観をまず変えていかなければ何百年たっても何も変わらないんだけどね。
 終了後、居酒屋での打ち上げにまぜていただく。その席で、赤杉くんとかなり面白い計画を思いつき、練っていく。なかなか画期的で、前例のない催しである。これが実現できれば、かなり大きな一歩になるのではないか、と思い、またワクワクする。二次会の喫茶店でもアレコレつめていく。黒い話も少々(笑)。新宿方面へ行く方々と山手線で帰途に。十一時すぎに帰宅。入浴後、メールをいくつか出してから、零時すぎに就寝。計画は、なんとしても実現しなくてはな、オレ。
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  1. 2006/03/06(月) 18:58:40|
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驚いたことと驚いてンじゃねぇよ!

3月4日(土)

 七時起床。ネットニュースにこんなもの。
【沢田雅美12年ぶり渡鬼復帰………………女優沢田雅美(56)が、12年ぶりにTBSドラマ「渡る世間は鬼ばかり」にレギュラー出演することが3日、分かった。泉ピン子(58)演じる五月をいじめる小姑・久子役として復活する。94年3月17日、沢田は突然、同ドラマから姿を消した。同せい中の俳優が、石井ふく子プロデューサーに暴言を吐いたことが原因と伝えられた。沢田も当時の雑誌の手記で「フー(石井)先生との関係よりも、彼との関係を大切にしたかった」と打ち明けていた。復活の理由は赤木春恵(81)のレギュラー降板だ。05年3月終了の前シリーズを最後に、赤木は「舞台を中心に活動したい」と宣言。ドラマは病気療養のため渡米した設定になっている。逆に久子が長期滞在した米国から帰国。すでにシリーズ終盤に沢田が出演するなど、同プロデューサーとの「雪解け」を感じさせていた。TBSでは「赤木さんは降板ではなく、1年続くシリーズ内でいずれ出演する予定」と説明している。】
 強烈な個性ゆえに『渡鬼』にずいぶん長期間出ていたように感じられる沢田だが、実際は一部・二部にしか出演していない。今回の復活は嬉しいところである。ちなみに当時、久子の息子・ノボルを演じていたのは子役時代の伊藤淳史。いっそ、あいつもレギュラー復帰すればいいのにな、電車男のキャラを流用して。で、そのことで久子が八つ当たりして、「五月さんがサ、母ちゃんを邪険にしてばっかいるからサ、うちの息子があんなオタクなんかになっちゃったんじゃないのヨ!」とかネチネチとピン子をいびるの(笑)。
 『王様のブランチ』を観ていたら松田哲夫氏のブックコーナーで、氏の新刊『「本」に恋して』(新潮社)の出版記念パーティの模様が流れ、同書のイラストを担当した内澤旬子さんがスピーチしているところが映ってビックリ。知人がテレビに出ている、というシチュエーションは、何度あじわっても驚きますなぁ。
 午前中は来週の持ち込みのためのプリントアウトをえんえんと。MXテレビ『談志・陣平の言いたい放談』などを観ながら。三時ごろ、一段落ついて小休止。少し横になる。夕方、起きだし、雑用などしてから入浴。と、櫻田宗久くんから連絡があり、このあと、先日撮ってもらった宣材写真の受け渡しなどをすることに。
 七時半外出。八時すぎ、新宿三丁目のバー「タックス・ノット」。写真をいただき、代わりに(?)対談のテープ起こし原稿をお渡しする。謝礼としてボトルを一本いれさせていただく。プロの写真家に撮ってもらい、あまつさえ対談までお願いしておいて「ギャラがボトル一本」というのは我ながらあまりにナメた話であるが、ここはまぁ友情プライスということで(今回はそんなのばっかだなぁ)。いずれオレが出世したら、そのときにまた改めて恩返ししますわ。十一時近くまで青臭い話などしながら(じつはそういうのがとても好きなのだ)呑んだあと、新宿通り近くの餃子屋へ移動し、メシ。櫻田くんが「狩人さんてさぁ。カレシとか作んないのぉ? 作んなよぉ」と言ったとたん、それまでカウンターで背を向けて食っていた男女が仰天した顔で振り返り、こちらをマジマジと見、目が合うとあわてて体制を戻した。おもしろいのでオレもわざと、「ん?、べつに作んないと決めてるわけじゃないんだけどさぁ」と大きな声で答える。ナマグサイ方向へエスカレートするにつれて、カウンターの二人の聞き耳がどんどん大きくなっていくのがわかって愉快々々。ていうか、住所表記「新宿二丁目」でホモがいたって、なんら珍しかねぇぞ。それは奈良公園に行って「あっ、鹿がいる!」と驚くようなもんである。「仲通りのホモ」と「奈良公園の鹿」は「いて当たり前」の存在なのだ。
 まだ呑んでいくという櫻田くんと別れ、零時すぎに帰宅。うがいと歯磨きのみして就寝。沢田雅美復活は『ありがとう』の頃から彼女を観てきた世代としては嬉しい限りなのですオレ。
  1. 2006/03/06(月) 18:57:55|
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息子対決とドクター・スミス

3月3日(金)

 七時起床。確定申告書類を書いたりしてから九時半、外出。散歩がてら新宿高島屋の紀伊国屋書店へ。人気漫画『きょうの猫村さん』のフリーペーパー「猫村通信」をもらう。売場には原画も展示してあり、ちょっと得した感じ。天気も陽気も上々。やんなきゃいけないことが山積してるのに、古本屋まわりをしたくてたまらなくなる。欲望を必死におさえ、その代わりでもないが、代々木のブックオフを覗く。某雑誌のバックナンバーが百円均一で出ていたので二〇冊ほど買い込み、フラフラしながら帰途に。こんなことばっかやってるから、わが家の本はどれだけスクラップしても減らないのだ。丸正で食糧を買い込んでから、十一時すぎに帰宅。味噌漬ポークに焼き野菜をたっぷり添えたもので食事をとってから、申告書類作成の続き。一段落ついたところで自著原稿の持ち込み営業の電話などしてから、ちょっと横になる。暇がつくれるときにはなるだけ身体を休めておくことにしているのである。
 四時半ごろ起きだし、野菜ラーメンを作って夕食。五時からは『5時に夢中!』。週替わりゲストは関口宏の息子の知宏。司会の徳光正行と、二大有名司会者Jr.が揃いぶみである。オヤジ同士は日曜の朝ワイドの裏表でシノギをけずっているが、セガレたちはいたってユルイ感じで、キャラクターの噛みあわなさがなかなか面白い。最近はもっぱら「絵を描く旅行者」として知られている関口Jr.に対して徳光の吐いた「子どもの頃、オヤジと二人、ローカル線の長距離旅をしたことがあるんですが、すっごく気まずかったですねぇ。僕はずっと『こち亀』読んでました。いまでもトラウマです」という苦い思い出話に笑った。
 入浴後、雑誌などをめくりながらユルユルのひととき。「身体を休ませるのも仕事のうち」と自分に言い聞かせながら。八時からは唐沢俊一氏のラジオ『ブジオ』。こちらでも久世氏追悼コーナーをやっていた。小林アナが、久世氏作詞のジュリーの曲「コバルトの季節の中で」の紹介を「コバルト季節の中で」とトチッたら、番組ブログへさっそくツッコミの書き込みがあったそうで、「ブログとラジオの融合番組」というフレコミがダテじゃないことを痛感す。今週のゲストは声優の熊倉一雄氏。この方のいい意味での「変わらなさぶり」はまさに驚嘆に値する。オレが子どもの頃、大好きだった『宇宙家族ロビンソン』のドクター・スミス(正確には「ドクター・ザッカレイ・スミス」)について、「あの人はコレのイメージでやってたんですよ」とコメントされていたが、なにが「コレ」なのかラジオだから見えないわけで。しかしまぁ、十中八九「右手をチョップの形にして、左頬に斜めにあてる」ポーズをとっておられたのであろう(笑)。それはさておき、肥満体のヒチコックも、痩身の小心者ドクター・スミスも、どちらも違和感なく吹き替えてしまえる熊倉氏というのはやはりスゴイなぁ。読書などして零時すぎに就寝。「猫村通信」、ゲットできてよかったなぁオレ。
  1. 2006/03/06(月) 18:56:56|
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腑抜け野党と仰天訃報

3月2日(木)

 六時起床。昨日は意識して身体を休めたせいか、体調はまぁまぁ。『みのもんたの朝ズバ!』では本日も民主永田のメール問題について。
【メール問題で民主が全面謝罪………………民主党は2日昼、「送金指示メール」問題に関する自民党の公開質問状に対し、
〈1〉メールの真偽は「本物ではない」とした党声明の通りである
〈2〉メールに基づいて指摘した、武部自民党幹事長の二男への送金疑惑は、論拠が消滅したと理解する
〈3〉武部氏と二男の名誉回復措置として、国会などで改めて謝罪する
 ――とする鳩山幹事長名の回答書を自民党に提出した。疑惑を取り上げた永田寿康衆院議員も同様の書面を提出し、「メールが本物でないことは得心している」とする見解を示した。さらに、疑惑に関し、28日の記者会見で「一定程度の事実を含んでいる」可能性を指摘したことについて、「あいまいな表現を用いたことをおわびする。調査を怠り、思い込みに基づいたもので、根拠のない誤りだった」と撤回した。武部氏らへの謝罪は、「できれば直接お会いして表明したい」とした。自民党は2日正午までの回答を求めていた。回答書は、民主党の平野博文総合調整局長が国会内で、自民党の逢沢一郎幹事長代理に手渡した。逢沢氏はこの後、国会内で記者会見し、「このような表現では納得できない」と述べた。】
 と、党としては完全に白旗をかかげた体である。自身の進退をかけて「メールが真実であると証明する!」「楽しみにしててください!」と、たしか永田クンの次くらいに(ひょっしたら当人以上に?)息巻いていた前原氏であったはずだが、結局、辞任はしないそうな。今回のことで大きな借りをつくった彼が、いわば自民にキンタマ握られた状態のまんまで代表の座に居座ったのでは、もはや民主など存在価値がないのでは? 有名無実な野党がこれ以上増えてもイイことなんぞ何もない。もしや前原は民主を内部から破壊すべく送り込まれた小泉の工作員? とすら思えてくる。
 話は変わるが、永田クンのおかげで最近「永田町のバカといえば●●」の筆頭の座からおわれてしまったタイゾーくんの「杉村太蔵ブログ」(http://www.sugimurataizo.net/)。なんか、文章がすごく上手いのナ、自然体で。もしもホントに当人が書いているとしたら、なかなかたいしたもんだ。あるいはゴーストだっとしたらそいつもたいしたもんだ。タイゾーがいかにも言いそうなことをいかにも使いそうな言葉で書いてある。「いかにも言いそうなことをいかにも使いそうな言葉で書いてある」といえば永田クンが信じ込んだガセ(とされている)メールだが、あれよりもさらに出来がいい。……なんて、まだゴーストと決まったわけでもないのにヒドいオレ(笑)。
 本日も朝から夕方まで出仕事。午後、こんな仰天の訃報が。
【演出家・作家の久世光彦さん死去………………テレビドラマ「時間ですよ」をはじめユニークな人気ドラマを手がけた演出家で作家の久世光彦(くぜ・てるひこ)さんが、2日朝、東京都世田谷区の自宅で亡くなっているのが見つかった。70歳だった。告別式の日取りと喪主は未定。親しい編集者によると、久世さんは1日も、普段と変わらない様子で仕事の打ち合わせをしていたという。久世さんは東京都出身。東大卒業後の1960年にKRテレビ(現TBS)に入社。62年のドラマ「パパだまってて」で演出家デビューした。70年代に入って、「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」などホームドラマを次々と演出し、時代を代表するヒットメーカーに。コント的な要素を導入したり、食事の献立を字幕で紹介したり、従来のドラマ作りの常識を覆す演出で異才の名をほしいままにした。79年にTBSを退社し、製作会社「カノックス」を設立。軽快な作品の一方で「向田邦子シリーズ」のような繊細でしみじみとした人間ドラマも数多く送り出し、92年にはドラマ「女正月」で芸術選奨文部大臣賞を受けた。映画監督、作詞、舞台演出にも乗り出すとともに、作家としても活躍。94年に「一九三四年冬―乱歩」で山本周五郎賞、97年に「聖なる春」で2度目の芸術選奨文部大臣賞を受賞し、98年には紫綬褒章を授与された。】
 この日記でも話題にしたが、つい数日前、『寺内貫太郎一家』のDVD発売記念トークショーに出られていたばかりなので、まさに晴天の霹靂という表現がふさわしい感じである。いや、キツネにつままれたような、というほうがより的確か。幾度も書いているように、オレは七〇年代のホームドラマ……というか水曜劇場(「時間ですよ」などの放映枠)が大好きで、そのテイストを踏襲した(つもりの)小説を連載したりもした(掲載誌の休刊によって宙ぶらりんとなってしまっているが)。名脚本家・向田邦子の死から四半世紀を経へて、その名作を珠玉の映像へとさらに昇華させた久世氏もまた逝ってしまった。ドラマ界においては「久世天皇」などと呼ばれたりしたほどの実力者で、妥協なき演出もまた音に聞こえた方であった(『時間ですよ昭和元年』のお手伝い役の新人の子は、たしか厳しさに耐えかねて途中降板しちゃったはずである)。とにかく多才な方で、天地真理の「一人じゃないの」の作詞もされていたそうな。なにはともあれ、オレのなかで「ひとつの時代が終わった」という感じである。合掌。
 五時半、新宿。ヨドバシカメラにて映画『メゾン・ド・ヒミコ』の初回限定版DVDを購入。徒歩で帰宅。オリジンで弁当を買ってから六時ちょっと前に帰宅。夕食後、入浴。七時から仕事。といっても原稿書きではなく資料整理。零時ごろまでやって就寝。ほんとにどーでもいいことだが、自民の武部は俳優の角野卓造とかなり似てると思うぞオレ。
  1. 2006/03/06(月) 18:56:10|
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