本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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いつもここからと観劇

4月19日(水)

 七時起床。白飯、味つけ海苔、実のない味噌汁という囚人以下の朝食をとって仕事。『バディ』の連載原稿。午前中のワイドショーはのきなみ昨日の最高裁の話題を。『みのもんたの朝ズバ!』(TBS)には被害者の夫が、『スッキリ!!』(日本テレビ)には弁護士の片割れ(安田氏ではないほう)がそれぞれ出演していた。『きょう発プラス!』(TBS)では、弁護士が用いていた紙芝居を映像から忠実に再現して提示。それにしてもこの絵、見れば見るほど“いつもここから”に似ている。実際、ネットにもあちこちに同様の感想がみられたから、たぶん相当数の人間がそう感じたのであろう。ああいう場でああいう脱力系の絵柄を出すかなフツー。いっそ「殺す気なかったのに死んじゃったとき?」「殺す気なかったのに死んじゃったとき?」「口をおさえてた手が首にずれちゃったとき?」「口をおさえてた手が首にずれちゃったとき?」とでもやらかしちゃえば良かったのに。などと不謹慎きわまりないことをつい考えてしまったねオレは。いや、軽口はともかく、今度の事件は日本の司法判断のレベルというものを国民にしめす試金石になると思う。もしも弁護側の詭弁に翻弄された最終判決を下すようなことになったら、そのとき日本の司法に対する国民の信頼は死ぬことになるね。法は我々の安全な生活を守ってはくれないんだ、と思うことであろう。これ以上ガキを増長させることなく、類似事件を起こさせないためにも裁判官殿には、人権屋どもにどのようにそしられようと、ここはひとつ大英断を下してほしい。法治国家の根幹を脳死させるような愚行だけは避けていただきたい。世の「死刑反対」を謳いあげる方々よ、それはそれでたぶん意味も意義もある運動なのであろうが、しかし現実というものもきっちり見据えてほしいところである。性善説では対処できない人間、というのも確かにいるのだ。わずかな刑期を終えて出て、また同様の悲劇を生み出したとき、どのように責任をとってくれるというのか。いやさ、責任をとろうという気持ちがあめのか。死刑というのは、オレは「外科手術」のようなものだと思っている。健康な生活をおびやかす、ガン細胞のような快癒不可能な部分が発生してしまったら、それはやはり切って取って捨てるしかない。極論とは百も承知しているけれど、それがオレの持論である。少なくとも、今回の事例を死刑廃止運動のキャンペーン素材として“利用”するような真似だけはやめていただきたい。あとは結審を待つばかりである。
 原稿を送信してから一時、飯を炊き(最近、鍋で飯を炊くことが秘かなホビーとなりつつある)、イカフライとキャベツという定食屋チックなオカズで昼食。また仕事。五時までDTPなど。身支度をして六時、外出。新宿御苑駅近くの劇場「サンモールスタジオ」へ。劇団フライングステージ第二十九回公演『ミッシング・ハーフ』を観るためである。劇場前でカミングアウト・コンサルタントのかじよしみさん、おぐ氏と待ち合わせて中へ。以前、近くに住んでいたのでこの前の道は毎日のように通っていたが、入るのは初めてである。“FS公演”と銘打たれてはいるが、今回は主宰者である関根信一氏と、外部の役者さん二人による三人芝居。チラシの関根氏のコメントによると、“舞台は、第二次大戦前の上海。無声映画の女形スターを中心に繰り広げられる「失われたかたわれ=ミッシング・ハーフ」の物語です。gaku-GAY-kai2004でご覧いただいた「贋作・毛皮のマリー」が舞台にした、無声映画からトーキーへ移り変わる時代。自分らしい生き方を求めて大陸に渡った「彼女」の人生を、サイレントやトーキーの名作映画の数々をモチーフに描きます。”とのこと。来週の木曜、二七日まで公演があるのでストーリー及び感想等については千秋楽後、機会をみて。もっともコロッと忘れる可能性も大だが。「ワシそんなの書くなんて言いましたっけ?」とか(笑)。興味のある方はオレの日記なんぞ待たずに観にいけばヨロシイ。
 九時半、終演。本来ならみんなでメシでも食べたいところだが、時間が時間なのでまっすぐ駅へ。皆と別れたあと、ひとり、西口のとんかつ屋へ入る。ここは四九〇円でソコソコおいしいロースかつ定食が食えて、しかも大盛り無料というお得感満点の店なのである。一〇時すぎに揚げ物を、しかも定食で、それも大盛りにして食べるなんて……とダイエッター諸君からは白眼視されそうであるが、べつに夕飯食ったあとでの夜食じゃねぇんだからよぉ。徒歩で一〇時半、帰宅。汗になったのですぐ入浴。テレビは『オーラの泉』。ゲストは釈由美子。かねてから「妖精をよく見る」と公言している釈のことを、美輪・江原がどのように扱うのか楽しみにして観た。「病院に行け」とでも言ったら面白かったのだが、二人とも相好をくずしたマンマ「あぁ、いますよねぇ」みたいなことを口にする。「どんなんですか、妖精って?」という国分太一の問いに「一〇センチくらいのオッサン。ジャージ着てた。それがタンスの引出しの中にいて、開けた私と目が合った」と。彼女は前世で非業の最期をとげ、それが現世にも大きく影響していたのだが、ドラマ『スカイハイ』で、死にきれぬ亡者たちに引導をわたし、次の世界へ導く怨みの門番・イズコを演じたことによってカルマがなくなり(いや、軽減だったかな?)、じょじょに魂が救済されてきているのだと。頭がクラクラしてきたので零時すぎに就寝。成仏できぬ死者の魂、世の中にはいくらでもあろう。せめてこの世に残されて苦しむ生者の魂だけでも救われる(すべてにおいて、は無理だとしても)ことを願わずにはおれぬオレ。
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  1. 2006/04/20(木) 22:40:20|
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「……は?」とイタチ

4月18日(火)

 六時起床。本日も朝から夕方まで出仕事。わざと遠回りして、初夏の風情をたたえた下町の夕景のなかを六時前に帰宅。本日は、いま最も注目する事件の上告審弁論が行なわれた。以前にもこの日記で書いた例のヤツである。
【光市母子殺害・弁護側が殺意を否定………………山口県光市の母子殺害事件で、殺人罪などに問われ一、二審判決で無期懲役を言い渡された男性被告(25)=事件当時少年=の上告審弁論が18日、最高裁第三小法廷で開かれ、弁護人の安田好弘弁護士らは「一、二審が『冷酷で執拗』とした殺害状況の事実認定は誤っている」と述べた。その上で裁判の続行を求めたが、浜田邦夫裁判長は認めず、結審した。ただ浜田裁判長は、1カ月以内に主張をまとめた書面を提出すれば判断材料にすることを弁護側に伝えた。判決期日は追って指定される。】
 という結果であったらしいが、ニュース報道をみると例のスッポカシ弁護士がマスコミを前に、誰が描いたのか気になる“いつもここから”チックな図解イラストを紙芝居ふうに示しながら持論・自説を得意げに開陳していた。しかし、どう見てもトンデモなんだよなぁ。「殺害の意図はなかった。騒がれないよう口をふさいでいた手が、被害者が暴れたせいで“たまたま”首にずれて、“たまたま”締まって、“たまたま”死んでしまった」「赤ん坊がうるさく泣くので黙らせようと“たまたま”首に紐をまきつけたら(蝶々結び、という言葉を用いていたっけ)“たまたま”締まって、“たまたま”死んでしまった」「強姦殺人ではない。“たまたま”死んでしまった女を“死んだあとに犯した”のだから、これはただの“遺体損壊”である」というような、世間並の認知力をもった者なら「……は?」と言いたくなるようなトークライブ。芸としては面白いが、弁護としての効力を持っているのであろうか。「予定外に死んじゃった相手と死姦しちゃっただけなんだから、大目に見てやってよ」と言われて「ハイハイ」と笑って言えるほどには呆けてはいないと信じたいのだが、この国の民のことを。
 あまり食欲がないのでトースト二枚と牛乳のみ腹におさめ、入浴、七時から仕事。資料ファイリングの続き。今日はとても見に行きたい場所があるのだが、オレが顔を出すと要らん波風がたつのは明白なので我慢して。ゲイの世界では最近、オレの存在そのものに対して過剰にナーバスになる人間が多くて疲れるのぉ。『ぴったんこカンカン』『学校へ行こう』『ロンドンハーツ』『ブスの瞳に恋してる』等々、バラエティばかりをだらだらと観るともなしにつけておく(あ、『ブスの──』はバラエティじゃなかった)。
 十一時半からは、先週うっかり見そこなってしまったMXテレビ『怪奇大作戦』再放送。今日は「かまいたち」の回。人為的に大規模なかまいたちを発生させる機械を使った“連続女性バラバラ通り魔殺人事件”(なげーなぁオイ)の謎をSRI(科学捜査研究所)が追う話なのだが、主人公・牧史郎(岸田森)が犯人の青年に目ぼしをつけた理由というのがスゴイ。「真面目で、おとなしく、イタチのように怯えた目をしている」からだというのである(笑)。三〇分番組だけに、牧のその直感はマンマと図にあたるのであるが、イイのかそんな理由で誰かを容疑者扱いしちまって!? しかしこの話、夜学に通いながら働くトラック運転手のその青年が、どうやってそんな機械を開発でき、なんだって見ず知らずの美女たちを次々に手にかけたのか、そのあたりの説明が一切されていない。そういう不条理な部分がやけに現実的で、一番の“怪奇”だったりする。こういうドラマを日曜日の夜七時から放映していた昭和四〇年代初頭は、どんな時代だったんだろうか。
 ひたすら黙々と切り抜きを分類し、クリアポケットへ入れ続けたあと零時すぎに就寝。100ポケットのファイルをもうかれこれ八冊いっぱいにしたが、まだほんの氷山の一角のさらに一角程度。先は長いぞオレ。
  1. 2006/04/20(木) 22:38:33|
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