本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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年イチの涙と予定通りの仕事

12月24日(日)

 七時に目覚めるが、例によって布団のなかでウダウダしながらテレビ鑑賞(特撮モノ三本)。『仮面ライダーカブト』では不覚にもラストシーン(仮面ライダーサソード=神代剣の最期)で目頭が熱くなってしまった。ヒーロー物で泣けてくるというのは久々だなぁ……と思ったが、いちおう日記を読み返すと昨年にも『マジレンジャー』で泣いていた。なんだ、年にいっぺんペースで泣いてンじゃん。
 八時半起床。同時に原稿書きスタート。『バディ』八ページ特集の大幅な追加執筆。一心不乱にひたすらカリカリ(という擬音のほうがモノカキ仕事っぽいね。キーボードをカチャカチャ、では気分が出ないやね)やる。その間に腹に入れたのは焼き芋一本のみ。一ページ一時間くらいの見当かなぁ、と思いつつ書き出したら四時すぎ、まさにその通りのペースで書き上がった。有言実行の男、それはオレ(笑)。原稿を編集部に送信して、夕食、入浴。
 六時半からは年末恒例の『M-1グランプリ』。今年はチュートリアルが栄冠に輝いたが、最終決戦に臨んだほかの二組、麒麟もフットボールアワーもかなりイイ出来であった。四千組の中から勝ち上がってきたのだから当然なのだが、テレビ中継戦に登場した八組はどれもレベルが高いなぁ。このレースのイイところは、最近とんと見かけなくなった「一生懸命」というものに満ちているところだね。遮二無二なんてカッコワルイ、という気運がもうずいぶん前からこの国には広まっているが(桃井かおりをイメージキャラクターにして「シラケ世代」なんて言葉がマスコミを賑わわせたのはかれこれ三十年以上も前だぜ)、懸命にやらずして成功なんて掴めるものか。努力してますヨ、とアピールすることがダサイのであって、努力すること自体はいつの世でも尊いのである。ヘラヘラしてるように見えても、成功してる人間たちは皆一様に他人に知られないところで頑張ってるのである。だからオレは、努力もなしに功名心ばかりを膨らませてるようなズーズーシー奴、片手間仕事で他人からチヤホヤされたがってるようなムシのいい奴というのが大嫌いなのだ(そういう輩とはドンドン積極的に縁を切ってます)。
 雑用の合間々々に読書。下関マグロ氏の新著『東京アンダーグラウンドパーティ』(二見書房)。いまとなっては貴重な九十年代初期からのアングライベントの記録写真満載の本なので見るだけでも楽しい。十一時半、読了。そのまま就寝。これまでは今ひとつ突き抜けられない感の強かったチュートリアルの来年からの進撃ぶりが今から楽しみだなぁオレ。
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  1. 2006/12/25(月) 23:21:26|
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献本に感謝とウォーキング

12月23日(土)

 八時起床。午前中は洗濯やらの雑用あれこれ。正午、天気も陽気も上々なので部屋にこもっているのが勿体なくて外出。ウォーキング、と言えば聞こえがいいが、一昨日に続いてまたも古本屋巡礼である。行きがけに郵便受けを覗くと、裏モノ系ライターの大御所・下関マグロ氏の新著『東京アンダーグラウンドパーティ』(二見書房・税別1700円)の献本が郵送されてきていた。感謝! 拝読の上、感想はまた後日書きます。
 今日は日頃の運動不足解消のため、高田馬場→目白→要町(池袋の隣町)→江古田→中野という長距離ルートを踏破することに。要町?江古田の途中にある、ちょっとシブい定職屋に久々に寄ってサービス定食(焼肉・ハムカツ・ホウレンソウのおひたし)五百七十円也、を食す。ここはなんといまどき四百円くらいから定食が食えるのでオレのような赤貧者にはアリガタイ店なのだ。江古田では、最近あちこちのブログで話題になっている新店『銀のさじ書店』というのに寄る。どんな店かというと、オレみたいな非江古田人の抱いている“江古田”のイメージを具現化したような品揃え、といったふう。いかにも日大芸術学部のお膝元という感じ、と言い換えても可。値付けは比較的良心的な感じなんで、江古田に来たらとりあえず覗いてみたいと思う。江古田から中野へ向かう途中、日本一働く(年中無休)獣医師・野村センセイのクリニック前を通る。かの有名なガラス張りの診察室(歩道に面した壁がすべて素通しガラス製のため、診察室の奥まで通行人に丸見えなんである)内の様子をたくさんの来院者たちが固唾を呑んで見つめている様は、診療・治療というよりは何かのショーである(もしくは宗教儀式)。同業者より頭ひとつリードするためには、やっぱりああしたパフォーマンス性は不可欠なんだなぁ、と素直に思う。
 中野からJRに乗って五時帰宅。メールをチェックすると、『バディ』編集のA氏より、先日入稿した特集原稿に大量な追加分が出た、との連絡が。ご指示をお待ちしております、と返信しておく。十時すぎ、A氏より電話&FAX。送られてきた仮組みレイアウトを見ながらあれこれ打ち合わせ。明日中には書き上げてお送りしておきます、と言って切る。夜型の人ならばこのまま執筆に突入するのだろうが、あいにくとオレは昼型人間なんで今夜はとっとと寝て、明日の朝から取りかかることにする。オレが同世代の人間よりも若々しく達者でいられるのは、よほどのことがない限り夜更かし・徹夜のたぐいはしないからであると思う。♪夜更かし癖はいけないのです 若さがどんどん失くなるのです、と清水由貴子も歌っているではないの(ネタ元が古ッ!)。というわけで明日に備えて十一時に就寝。明日はクリスマスイブらしいが、わが家は全然関係ないです、いつもの通りの週末ですオレ。
  1. 2006/12/25(月) 23:20:40|
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大そうじ断念とシビれる曲

12月22日(金)

 八時起床。大そうじでもしようかと思い立ち、あちこち手をつけはじめるも収拾がつかなくなって断念。わが家を乱雑にしているのは絶えず増え続ける本や雑誌の皆さんなのだが、それらを収納すべき書棚に空きスペースはもうすでにない。つまり、どうにもならんのである。というわけで早々にあきらめ、資料整理に切り替える。不要な本をバラし、要る部分のみスクラップして残りを処分していくことだけが、わが家をスッキリさせるたったひとつの手だてなのである。
 終日、資料整理に費やす。東京MXテレビ『5時に夢中!』は、なんと十月からMCを務めてきた萩原流行が番組を卒業するという。わずかワンクールの司会って……。最初からの決めごとだったのか、はたまた放言ゆえの解任なのか? だとしたら、田中真紀子以来の舌禍更迭であるなぁ(笑)。いずれにせよ、三代目司会者が誰になるのか気になるところである。徳光Jr.が『レディス4』を早々にクビになって出戻る、なんてことになったら面白いんだが。
 ナウい音楽ファンは『ミュージックステーション』の特番を観るんだろうが、そうでないオレは七時半からBS-2『日本のフォーク&ロック大全』を。懐かしい日々が想起される曲がいっぱいで、知らないうちに口ずさんでしまうことしばしば。村下孝蔵の『初恋』がどうしてあんなに胸にしみるのか不思議だったのだが、リリースされたのがオレが親元を離れたのと同じ年だった。道理で、ね。昨日訪れた荻窪のアパートのことをふと思い出してしまった。あの二階の四畳半でくすぶりながら、オレはこの曲を聴いていたのか、と。
 十時半からは録音しておいたTBSラジオ『唐沢俊一のポケット』を聴く。ゲストは二度目の登場となる“日本一惜しいハンサム”こと半田健人。彼が渚ようことのデュエットで今度出した曲『かっこいいブーガルー』(http://www.teichiku.co.jp/artist/nagisa/disco/cg5.html)にシビれる。基本的にCDなどは買わないタチなのだが、これは買ってみたいと本気で思う。じつはウチの母方の祖母は昔クラブを経営していて、幼稚園児だったオレはそこでホステスのオネーチャンたちや酔客のオッチャンらからマスコットとして可愛がられながら、フツーの子どもならば決して見ないような光景を見、聞かないような生臭い話を聞きながら(幼稚園児だから聞いたってわからないだろ、と油断して、オトナたちはレゴブロックとかで遊んでるオレの傍らでかなり深刻な身の上相談などをしていたのだが、ドッコイこちらはちゃんと耳をそばだてていた)成長したのだ。その頃に店のステレオやジュークボックスなどで流れていた曲たちと、『かっこいい……』はフィーリング的にかなりシンクロするのである。カラオケ嫌いなオレだが、これはちょっと練習してみようかな、とも思ったが、それには相方を探さなければならん。オレの周辺にいるかな?、こういう系統の歌が好きな誰か、って? 番組ではまた青島幸男の訃報についても触れ、他局では決して選ばない追悼曲として「意地悪ばあさんの唄」を流した。といっても八十年代に声優アイドルバンド・スラップスティックの歌った ♪イージー イージー イジ イジ イジ イジ 意地悪ばあさん、ではなくて青島氏が自らうたった古いほうのヤツね。歌詞は次の通り。

イジワルは楽しいよ イジワルは楽しいよ
あー この世で一番楽しいものは
なんてったて イジワルですよ
へへ にくまれたいよ 鬼ババで いいですよ
それが生きがいだもん 
おや きこえてきますよ 悪魔の声が
ばあさんガンバレと
イジワルを もっとやりましょう イジワルを もっとやりましょう
あー すましたやつらによくきく薬は
なんてったって イジワルですよ

 いいねぇ、この全編をつらぬく昭和テイスト! そしてコミックソングの王道をゆく青島氏の歌唱法も絶品である。これもカラオケで歌ってやろうかな。流行りばかりを追う周囲へのイヤガラセとして(笑)。しかし残念なのは二番の歌詞には

へへ ここらでチョイと ツンボになっちゃおう
全然きこえません
おゃ わたしは何も 存じませんよ
ペロリと舌を出す

 という現在ではナニになってしまっている表現があるためワンコーラスしか流されなかったことである。うーむ。入浴して零時就寝。半田健人はなかなかの逸材だなぁ、と最近、折にふれて思うオレ。
  1. 2006/12/25(月) 23:19:55|
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第三の訃報とラスト荻窪

12月21日(木)

 七時四十分起床。『めざましテレビ』をつけると、芸能コーナーで軽部アナが「一日に三つも訃報をお伝えするのは初めてのことで……」と言っていたので「あれ? 青島、岸田の二つだろ!?」と怪訝に思い、チャンネルを変えると、なんとこんなニュースが!
【カンニングの中島さん白血病死………………お笑いコンビ、カンニングの中島忠幸さんが20日午前11時46分、白血病ウイルス性肺炎のため都内の病院で死去した。35歳。中島さんは04年12月に急性リンパ球性白血病で入院。今年8月に退院し、一時快方に向かっていたが、11月末に再入院した。19日に容体が急変し、帰らぬ人となった。カンニングは現在のお笑いブームに火を付ける人気コンビで、将来が有望視されていた。しかし、最も注目を浴びたはずの時期に中島さんは闘病生活を送った。病床から竹山にメールでアドバイスやダメ出ししながら、相方の隣に立つ日を待望していた。】
 これはちょっと酷すぎるなぁ……。言っちゃァなんだが青島氏の場合も岸田氏の場合も昭和ひとケタ生まれの七十代で、平均寿命の延びた現在であってもまぁ「やや早め」程度の享年であるが(もちろん、だからイイだろ、という話ではないけれど)、中島さんの場合は三十代半ばと、いくらなんでも早すぎる。来春にも現場復帰、という報が伝わってきていたりしていたのでよけいにショックである。ピンでやった仕事の報酬も「カンニングとしてのギャラ」としてずっと折半してきたという相方想いである竹山の落胆ぶりを考えると、あかの他人ながら胸が痛む。本田美奈子.のときも思ったが、世の中、とっとと死んだほうがいいようなヤツは山ほどいるってのに、どうして頑張ってる人間ほど先に逝ってしまうんだろうか。佳人薄命、とは言うけれど納得いかんね。中島さんに合掌。
 昨日の予報では、今日は朝から雨のはずなのだが、どうやらハズレで、明るめの曇天という感じ。なので今年最後の荻窪エリアの古本屋めぐりに出ることにする。十時すぎ外出。まずは阿佐ヶ谷へ。二軒ほど覗いたあと、駅前のてんやにて天丼の昼食。その後、荻窪(東京で最初に住んだのがこの地。かつてのアパートはオレが入った時点ですでにかなり老朽化していたが、二十三年経った現在もリフォームされながらいまだ“超老朽建造物”として健在。というか地震がきたらヤバイからボチボチ建て直せヨ)?西荻窪とまわるが、今日はあまり収穫ナシ。まぁ懐具合が悪いのだから、そのほうがイイっちゅあイイんだが。それでも合計で十冊ほど購入して三時半に帰宅。雑用などあれこれやってから十一時就寝。年末の駆け込み訃報、まだもうひとつくらいはありそうだなぁ、と秘かに睨んでるオレ。
  1. 2006/12/25(月) 23:19:03|
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訃報二連発と苦笑

12月20日(水)

 七時起床。本日も朝から夕方まで出仕事。午後、こんな訃報がネット経由でとどく。
【元都知事・青島幸男さん死去………………放送作家、タレントとして高度成長期のお茶の間の人気を集める一方、95年の東京都知事選で無党派旋風を巻き起こすなど政治家としても活躍した前同知事、青島幸男さんが20日午前、骨髄異形成症候群のため東京都内の病院で亡くなった。74歳だった。1932年、東京・日本橋の仕出し弁当店の二男として生まれた。早稲田大学卒業後、テレビのコント番組「おとなの漫画」で放送作家としてデビュー。歌謡バラエティー「シャボン玉ホリデー」で売れっ子に。植木等の「スーダラ節」の作詞などを手がける一方、67年には、テレビドラマ「意地悪ばあさん」に主演し、タレントとしても一世を風靡した。81年に母親をモデルにした「人間万事塞翁が丙午」で直木賞を受賞した。芸能・文化面での活躍の一方、庶民の目線による政治の実現を標榜。68年の参院選全国区で2位当選(以後5回当選)し、政界入りした。この時のトップ当選は現都知事の石原慎太郎氏だった。
 71年の参院予算委員会で、当時の佐藤栄作首相を「財界の男妾」と呼んで批判し、92年には、5億円献金受領問題で金丸信自民党副総裁(当時)の議員辞職を求めてハンストをするなど、意表を突く手法で時の権力への対決姿勢を貫いた。95年の都知事では「反既成政党」を掲げ、政党相乗りの石原信雄・元官房副長官らを破って初当選。大阪府知事に当選した横山ノック氏と共に無党派層の時代を演出した。知事就任後は、開催が決まっていた世界都市博覧会の中止を実現させたものの、東京協和・安全の旧二信組の破たん処理への対応や自衛隊違憲発言、都の食糧費公開への消極的な態度などで批判を受けた。1期限りで知事を引退。04年の参院選に出馬したが、復帰はならなかった。】
 今年はホントに訃報々々の一年だった気がするが、いよいよ二週間をきったところで運命の女神様もラストスパートをかけた感じで、またまたビッグネームが一人いなくなったなぁ……。タレント文化人としてはともかく、政治家としてはかつて共闘した革自連(革新自由連合)の仲間たちからケチョンケチョンにケナされていたっけ。追悼の意味をこめてそのあたりの事情を記した告発本『変節の人』(矢崎泰久著・飛鳥新社)をでも読み返してみるか、と思ったら何年も前に処分していたのであった。あぁ、捨てなければよかったなぁ、と思いつつ、ご冥福をお祈り致します。
 などと、書いて再度ニュースサイトに戻ると、さらに仰天の訃報がアップされていた!
【女優の岸田今日子さん死去………………アニメ「ムーミン」の声などで知られる個性派女優の岸田今日子さんが17日午後、脳腫瘍による呼吸不全のため死去していたことがわかった。76歳。1930年(昭和5年)4月21日、東京生まれ。父は劇作家の岸田国士、姉は詩人の岸田衿子。文学座を経て、映画「砂の女」(64年)で注目され、シェークスピア劇に多数出演する。私生活では54年に文学座の仲谷昇と結婚、長女まゆさん(25)をもうけるが、78年に離婚した。】
 すまんが、青島氏よりこちらの訃報のほうがショックが大きい。あちらのほうはガン闘病をカミングアウトしたりして“死の影”というものを薄々ながらどこかで絶えず我々に感じさせていたが、岸田さんのほうは特に「患っている」というイメージもなく(最後まで現役という印象)、あまりに唐突だからなぁ。しかもつい先ごろ、元・夫の仲谷昇氏も亡くなったばかりだし(迷信好きな輩は「きっと仲谷氏がひっぱったんだ」とか言うんだろうなぁきっと)。そういえば従弟の俳優・岸田森が死んだのもやはり年末の時期だったっけ(そのときの週刊誌記事をオレはいまだに持っている。あと“ミスターゴジラ俳優”の平田昭彦さんのも)。この人こそまさに「余人をもって替え難し」と呼ぶにふさわしい女優であった。この言葉をてめぇのドラ息子ごときに対して軽々しく使った石原慎太郎は罰として漢字書き取り十ページ! そして岸田さんには謹んで合掌。
 六時帰宅。雑用のあと、ブログ用原稿の入力作業ボランティアの志願者が見つかりました、と伊藤文学氏に電話したら、「あー、あれねー、じつはやってくれるって言ってくれるところが見つかっちゃったんダヨ。悪いねー」とやや恐縮した様子で。いかにも文学氏らしいなぁ、と苦笑。いや、笑ってばかりもいられない。ボランティアを名乗りをあげてくださった方にお詫びのメールを出しておかねば。資料整理などしてから零時就寝。アオシマだぁ、というギャグをそういやなぜか高校時代に連発してたなぁオレ。
  1. 2006/12/25(月) 23:18:18|
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