本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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パチモン国家と小物首相

4月25日(水)

 七時起床。テレビ朝日『スーパーモーニング』では、北京オリンピックにむけて文化的国家への再生を試みる中国政府の苦心の模様を特集。第一歩としてまず、これまで野放し状態だった自国産の海賊商品の一掃をはじめたらしいが、しかしそのあと紹介された北京の大テーマパークのすさまじいことよ。まるっきりディズニーランドのそっくり遊園地なのだ。どこかでみたようなキャラクターたちが恥じ入ることもなく跋扈しており、ディズニー系ばかりかピカチュウやハム太郎やドラえもんなどもテンコ盛りというそのキッチュ感たるやむしろ清々しさをおぼえさせてくれる(笑)。ドナルドのパチモンを指して司会のタマちゃん(赤江珠緒)が「あれは“北京ダック”ですね」と言ったのに笑う。ウマイ!
 本日も朝から夕方まで出仕事。行きの電車が、新宿駅を発進した直後、いきなりの停止信号によって級ブレーキをかけた。座っていたオレの眼前ではかなりの乗客が遠心力に翻弄され、もうちょっとで将棋倒しが発生するところであった。発車から数秒後、ほとんどスピードが出ていないにもかかわらずこれなのだから、尼崎の事故のときはどれほどすさまじいGがかかってきたものか、考えるにそら恐ろしい。急停車の理由は「お客様のお荷物がドアにはさまったため」だというが、荷物をはさまれるようなムチャな乗り方をすんなボケ! はさまれる可能性がある場合は、無理に乗り込むんじゃないっつーの。尼崎事故にかぎった話ではなく人災の多くは、心のゆとりのなさから生じるのだ。「心のゆとりのなさ」といえば、またまた安倍首相が病的な神経質さを発揮したらしい。
【「言論によるテロ」=週刊誌報道に激高?安倍首相………………安倍晋三首相は24日夜、「週刊朝日」の最新号に掲載された長崎市長銃撃事件の容疑者と首相の元秘書をめぐる記事について、「全くのでっち上げでねつ造だ。いわば言論によるテロではないかと思う。これは報道ではなく政治運動ではないかとすら言いたくなる」と首相官邸で記者団を前に激しく批判した。】
 総理になるような人間が、たかだか週刊誌記事ごときにイチイチ過剰反応していてどうするか、と思うのだがオレは。自分の小物ぶりを自ら進んで露呈させるのはいかがなものか。彼の小心さがまず明らかになったのは、昨年の731部隊騒動のときだったっけ。詳細は以下。
【総務省は5日、TBS(東京放送)のニュース番組で7月21日に放送された旧日本軍の 生物戦部隊「731部隊」に関する特集の中に、内容とは関係のない安倍晋三官房長官の写真が映っていた問題で、「放送番組の編集上求められる注意義務を怠った」などとして、TBSに厳重注意の行政指導をする方針を固めた。行政が放送番組の内容や表現に立ち入ることについては、メディア関係者や専門家から慎重な意見が出ている。 問題となったのは731部隊の特集の冒頭、電話取材をする記者を撮影した際に部屋の中にあった安倍氏の写真パネルが映った場面。TBSは別の番組で使用したものが映ってしまったと説明している。安倍氏は先月26日の記者会見で「意図的であれば恐ろしいと思うし、政治生命を傷つけようということであれば問題だ」と反発していた。TBSは同日夕のニュース番組で安倍氏や視聴者に対して「誤解を与えかねない映像」として謝罪し、総務省に提出した報告書では「意図的なものではない」と説明していた。同省は、各放送事業者が定める番組基準から逸脱していたと判断した。砂川浩慶・立教大助教授(メディア論)は「行政指導は何ら法的根拠がない。TBSが既に謝罪しているのに、個別の番組内容に立ち入った行政指導は行政による表現の自由への介入で、よほどの理由がない限り認められない」と語る。】
 731部隊が活動していた頃には安倍氏はまだ生まれていないことぐらい、まともに新聞の読める程度の知能を持っている者ならばわかるだろう(笑)。一部のブロガーたちは、サブリミナルのどうのと安倍チャンと同様の過剰ぶりだったようだが、あれにしたってどこまで本気なのかわからない。小泉純一郎という人は、問題点は多分にあったものの、いかなる揶揄や誹謗であろうとしれっとした顔で聞き流せるだけの図太さがあった。それは重責をあずかる政治家としては不可欠な要素で、だからこそあれだけの長期政権を維持できたわけだが、安倍氏の場合は持ち前のナーバスさが全てにおいて裏目に出ている感じである。もともとが対北強行路線で人気を集めた人物だから、本来ならばゴーホーライラクなイメージでいきたいところなんだろうが、いかんせん肝っ玉の小ささが何かにつけて露呈してしまうので、よけい小泉と比べられてしまう。ふーむ。
 六時帰宅。忙しくて食べるのを忘れていた賞味期限五日オーバーの豆腐があったので、それで夕食。その程度の傷みで腹をこわすようなヤワな身体ではないが、念のため火を通して湯豆腐に。食べて入浴。その後は『桃色encount』の明日アップ用コラムを書いたり、ようやく決定した『薔薇族』自力復刊記念パーティの詳細を参加予定者全員にメールしたり。とにかく人数が多いので、なんだかんだで零時近くまでかかってしまった。零時半ごろ就寝。『明石家さんch』で、ビビる大木の言った「恋愛(の勝ち負け)は出逢った順番(で決まるもの)じゃない」という言葉がやけに身にしみるオレ。
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  1. 2007/04/26(木) 08:59:22|
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草案作成と宴

4月24日(火)

 七時起床。雑用のあと、石坂くんの今後の四カ年広報計画の草案を練る。もちろん、こんなものはオレが彼から頼ってもらえなければ無用の長物でしかないのだが、せっかく盛り上がったスタッフのテンションを下げないためには、妙な間をあけることなく、誰かが早急に次の明確なヴィジョンを示す必要があるので、お節介承知で一応作成しておく。一時すぎ、買物に出る。ちょっと遠回りになるがついでに石坂事務所に行き、もしもどなたか中にいたら書類を預けてこようかと思ったのだが、誰もいなかったので後日回しにすることに。べつにポストに入れておいてもいいのだが、それだと気づかない可能性もあるので。西新宿で買物を済ませてから三時ごろ帰宅。来週月曜の『薔薇族』パーティの打合せを、会場の提供者であるNさんとするべく、連絡をいれる。五時に近くのベローチェで待ち合わすことに決まる。
 雑用すませて、五時、ベローチェ。今回のお礼として、自力復刊『薔薇族』を一部進呈。一時間半ほど話したあと、Nさんが誕生祝いに夕食を御馳走してくださるというのでご厚意に甘えることに。小雨の中、あれこれと店を物色したのち、西新宿駅近くのホテル地下の創作ダイニング(というのかな?)で大いに呑み、食い、語らい、笑い、十一時近くまで。お宅の前で別れ、帰宅。入浴し、零時前に就寝。いろんなヒトから祝ってもらえるオレは幸せ者です。
  1. 2007/04/25(水) 19:26:11|
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破壊と再起動

4月23日(月)

 七時起床。今日はいよいよ選挙の結果発表の日である。やきもきしながら、朝から夕方まで出仕事。仕事場でも合間をみてはネットの情報をチェック。十時に最初の票数が出るが、トップとはかなりの開きがある。そして十一時、開票率が97%近くまで達しても当選ラインまでほど遠い感じなので、だんだんと暗たんたる気持ちになってくる。昼休みを終えて仕事場に戻る途中で、石坂くんからケータイに連絡が入り、「残念ながら落選でした……」と。
 帰ってネットを見ると、石坂くんは1.091票で、最下位当選者が1.658票であったから、あと六百くらい集まっていればよかったわけか……。とはいえ、「性の多様性についての認識」なんてものがほとんど広まっていない状況下(ホモの人たちって、やっぱり女性用の下着だとかを穿いてるんですか? みたいなことを訊いてくる人間がまだまだざらにいる中)において、1000を超える票を集められたのは、これはソコソコ立派なのではないか? 一般候補がゼロから運動を始められるのに対し、石坂くんは誤解や偏見や誤った先入観などが渦巻く「マイナス300」くらいの地点からスタートしなければならないのである。それほどの重たいハンデを負いながら、得票は一応は四ケタに達したのだ。べつに友人の欲目で言うのではなく、ろくに耕していない畑に種をまいてこれだけの収穫を得られたというのは、なかなかの成果であったと思うぞ(ちなみに世田谷の上川あやさんは6,572票を獲得して、みごと二位当選! これは彼女の任期中の地道な耕作が結実した、あっぱれな成果であろう)。
 今回、オレがいろいろな助っ人経験のなかで体感し、認識を新たに(より強固なものに)したのは「二丁目族というのはたいしてアテにできない」ということである。彼らが本気で動き、力を貸してくれていれば、それこそ上位当選だって夢ではなかったのである。それだけの数の当事者が、中野区には暮らしているのだから。にもかかわらず、1000票という中途半端な数で終わったというのは、これは「投票してくれた方の大半が性的少数派当事者ではなかった」ということの証であったと思う。オレは最初から「“お仲間”などをアテにするのではなく、中野区内の一般の方々の心を捉えなければならない。でなければ勝てない」と言い続けてきたので、案の定、という感じであった。「当事者がどこまでアテにできるものか?」ということについては、今年後半にもうひとつの試金石が控えており、より大規模なデータ集積ができる予定なので、そちらの結果にも大いに注目しているオレなんである。ヒドイ男、と言わば言え。後進の面々のためには、つねに冷静な視点でなりゆきを見守り、それをデータとしてまとめられる人間が不可欠なのだ。それをしなければ、人間は何度でもおなじ轍を踏むんである。
 このたびの敗北が石坂陣営にもたらしたものは、決して凶事ばかりではない。これによってつぎに打ち出していくべき方針(方向性)がはっきりしたのだから、つまりは「次回の勝利への布石」なのだ。これから四年間かけて、今回耕さ(せ)なかった畑に、みんなして鍬を入れていけばいいのだ。そうすれば今度は勝機がおおいにある。もちろん、それは石坂くんが「もう一度がんばります! 皆さん、再度のご協力をお願いします」と言ってくれれば、の話であるが。彼がこの程度のことでメゲてしまう程度の器であるなら、オレの集めたデータはまた別の後続者に渡すまでの話である。
 五時半、仕事を終えて石坂事務所。行くと赤杉くんら三人(石坂くんはご母堂とともにお世話になった方々への挨拶まわり中)でよどんだオーラを発していたので、例によってクダラナイ軽口を連発し、ある程度のところを払拭す(落ち込んでいた某氏も「バカだねオマエは!」とオレに突っ込める程度にまで回復)。今夜は昼間、スタッフのKさんと急きょ話し合って、スタッフの慰労呑み会を開くことにしたのだ。Kさんに頼んでメーリングリストにその告知を載っけてもらったのだが、平日だし、急だし、どのくらい集まるものやら……と思っていたら、なんと三十人を超える面々が集ってくれた。おかげで暗いムードにならずにすんだ。皆の心意気に感謝! 一時間ほど遅れて石坂くん到着。母上のモモさん共々いつも通りの様子で安堵。次回へむけてのリベンジ宣言(!)もしてくれ、一同の士気も高まった。
 十時半近くにお開き。十一時前に帰宅し、入浴。零時ごろ就寝。オレ的にも今回の体験は実り多きものであった。
  1. 2007/04/25(水) 19:25:26|
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コラム追加とメシ食ってなかった

4月22日(日)

 六時起床。きのう観られなかった『談志・陣平言いたい放題』の再放送を観ながら締切り間近(明日公開予定)の『桃色encount』原稿を。『ゲキレンジャー』に、拳法師匠の新キャラ「エレハン・キンポー」というのが出てきて、その声優がなんと水島裕! サモ・ハン・キンポーを持ち役としているからだろうが、特撮モノの声はたぶん初めてであろう。高校時代、よく学校をさぼっては虎ノ門のラジオたんぱのオープンスタジオへ行き、彼の公開生放送(ヤロメロジュニア出発進行)を見学したことをふと思い出す。「裕クン、がんばって!」とかキャワイイことを言ってたなぁ、オレも(笑)。
 昼前に、明日アップ用のコラムをなんとか書き上げてアップして、「ヤレヤレ……」と一息。雑用をいくつかこなしたあと、メールをチェックしたら、さっきコラムを送った『桃色encount』事務局から「先ほどいただいた原稿がとてもすばらしかったので、通常の“ゲイ♂ビアン♀NIGHT”ではなく、本日の目玉トピックスのコーナーに掲載させていただきます」と。お誉めいただけたのはとても嬉しいのだが、しかしこれで明日公開するストックがなくなってしまった。あわてて代わりのものを書き出し(昨日一日かかってもできなかったネタ出しが、こういうときには五分でできた。やはりオレは切羽詰まると強いなぁ)、四時近くにアップ。執筆中、朝日ニュースター『愛川欽也パックインジャーナル』をつけていたのだが、冒頭で欽也さんが「ぼくはこれまでずっと“キンキン”と呼ばれてきたんですが。最近は“ギンギン”なんて呼ばれてます」と、ヒロシ顔負けの自虐ネタを披露して笑った。
 ノルマ原稿が片付いたので支度して外出。自分のところの区議会議員選に投票してから、石坂わたる事務所へ顔を出す。もはや一通りのことは終えたので人間もあまりおらず、また業者に備品もほとんど返してしまったので内部はずいぶん閑散としている。これが即日開票であればもっと多くの人間が詰めているのだろうが、なにしろ開票スタートが明朝からなので、今日は物理的には事務所に来てもべつに意味はないのだ。とはいえ、スタッフのいない選挙事務所というのもなにやらフケーキな感じなので、ある程度はいたほうが近隣に対するアピールになるだろう、と。そしてまた、オレもちょっとワケあって、あまり家で一人ボンヤリとはしていたくないし(笑)。街宣カーを返却して戻ってきた赤杉康伸くんがお菓子をつまみながら、「ワタシ、これが今日はじめての食事なんですよ」と言ったので、そういえばオレもそうだった、と気づく。とある件で頭ん中がいっぱいで、腹のことなんてまつたく考えてなかった。
 夜遅くまで、何人かの人がやって来ては帰っていき、の繰り返し。やはり即日開票でないので、どうもみんなテンションをどのように高めていいのかわからない様子である。石坂くんにしても、もはや運を天に任せるしかない段階なのはわかっているのだが、それでもやはり何かしたい感じ。また、選管が正式に認めた「石坂わたる」という名を、なぜだか新聞が認めず、「石坂龍史」という戸籍名を掲載してしまっていることにも納得のいかない様子。「ドクター中松」がちゃんと刷られているのにおかしい、と。ちょうどそのとき、知人の某氏から「中野区の議員候補者一覧表に“石坂わたる”というのがないんですが」とオレのところに問合せのメールが来たので、「龍史で見としてください」と返信。大手メディアというのは、とにかく自身の権威というものを誇示したがるものだからなぁ。故意に、かたくなに、意固地に、融通をきかなくしているんじゃないかという気がする。若造の抗議ごときで変更なんかしたら沽券にかかわる、とでも思っているんだろうか。
 十時すぎたあたりで、「明日はどちらにしろ忙しいんだから、今日はこのくらいで戻って身体を休めたほうがいい」と進言し、お開きとすることに。とはいえ即日開票と思って来てくださる方もいらっしゃるかもしれないので、中野区は翌日会票である旨を記した貼紙をドア前に貼って。十時半すぎに帰宅。入浴し、十一時半、就寝。今日は雨との予報だったが、外れてくれてホントに良かった、と胸をなでおろすオレ。
  1. 2007/04/24(火) 10:14:01|
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森三中とあわただしい誕生日

4月21日(土)

 七時起床。明け方、今日は淫夢ではなく、奇夢をみた。森三中といっしょに焼肉屋のテレビレポートのハシゴをする夢だ。しかし行く先々々々がすべて同じチェーン店で、内装もメニューも味も寸分たがわずおんなじ。「……これなら、何軒もまわる意味ねーじゃん」と思ったら目が醒めた。ふーむ。
 サテ今日は誕生日。毎年書いているが、目が醒めるとひとつ歳をとっていた。またまた馬齢を重ねてしまったなぁ。誕生日がめでたいのはせいぜい十五歳くらいまでで、そこから後はたんに惰性である。以前は、今日が誕生日であることすら忘れていた時期もあった。スーパーへ買物に行き、うまそうなものを見つけたとき、「食いてぇなぁ。しかしこんな贅沢なもの、誕生日でもないのに買うわけにはいかぬ」と思った瞬間に、「あ、今日は誕生日だったっけ!」と気づいた年も(笑)。
 八時半、akaboshiくんから電話があり、伊藤文学邸訪問は十時半でどうですか、と。承諾し、身支度をととのえ、九時すぎに出る。好天なので今日もまたウォーキングを兼ねてテクテクと。本日のルートは駒場を抜けていくもの。例によっておおまかな方角のみをおさえて、道はヤマカンでたどっていくというやり方をとっているのだが、うまい具合にほぼ時間通りに文学邸の裏手に出られた。人間、念を通せばなんとかなるもんだ(笑)。
 きっかりにオレが着き、ちょっと遅れてakaboshiくん到着。『薔薇族』の通販方法についての打ち合わせ。入稿の日と同様、店屋物をごちそうになる。頼んだものもまた、かの日と同様、オレがカツ丼、akaboshiくんが親子丼。奥様お手製のカボチャの煮つけと肉じゃが共々いただいたあと、正午頃辞去。小田急線とJRを乗り継ぎ、中野へ。このあとはakaboshiくんにくっついて、石坂わたる・上川あや両候補の街頭活動を終日追っていくのだ。まずはろう者のセクシャルマイノリティ団体の総会での挨拶から。終えて今度は駅前の演説。続いてはノボリを立てての駅周辺ねり歩きへ。駅の反対側に行く途中、亀井静香が歌をがなっている現場に遭遇するが、ジャイアンのリサイタルを連想してしまったのは多分オレだけではあるまい(笑)。
 四時からはまた街頭。そちらには薬害エイズ訴訟の最年少原告だった川田龍平氏なども応援に来てくれた。途中、某党公認の某候補が、ここを何時まで使うのかと訊いてきたので「五時までの予定です」と答えたところ、運動員ともども待機をはじめた。そして五時きっかりになった瞬間、まだ石坂くんの話が終わっていないのに数倍の音量で演説をスタート。あせる気持ちはわかるが、そこまで杓子定規にやるこたぁないだろ、とその強引さにちょっとヒク。市民運動系のイッちゃってるぶり(電波性)ってのも好きになれないが、政党系のこうしたマッチョぶりというのもイヤだねぇ。
 五時すぎ、再びJR・小田急線を乗り継ぎ、今度は成城学園前へ。ちょっとお茶休憩してから駅前の演説会場へ向かう。何カ月か前の老会でご一緒した女性から声をかけられてビックリする一幕も。上川陣営のボランティアをやっているんだそうだ。近々STREAMへ行くというので、「どうぞたくさんオーダーしてあげてきてください。あそこは貧しい店だから」と勝山氏が聞いたら殴られそうな勧め方をしておく。いや、善意の発言なんですよ(笑)。木曜にウグイスをご一緒したKくんが、今日はこちらの司会のようなことをしていた。イヤハヤ元気だねぇ。
 七時前に辞去。またまた小田急線とJRを乗り継ぎ、今度は東中野。本日最後のねり歩きに合流。こちらには元すこたん企画の石川大我くんも参加していた。終えて事務所へ。石坂くん母子はもう一度駅前へ戻って、最後のアピールをする。八時をすぎたのでもう候補者名を連呼することはできないのだが、名前入りのたすきをかけて帰宅者にむけて「こんばんは」「お帰りなさい」といったことならば言えるのだ。
 石坂くんは今夜最後のおつとめとして、阿佐ヶ谷のゲイバーのイベントに行き、尾辻かな子さんと共に顔見世興業(テコンドー技の実演。いや、石坂くんは割られる杉板を持つだけですよ)をするのだが、我々もぞろぞろと付いていく予定。なので時間潰しに事務所上の居酒屋でちょっと一杯。小一時間ほどで阿佐ヶ谷へ向けて発つ。移動の際もたすきをかけたままなので、駅の構内でも社内でも目立つ々々々(笑)。しかし、このくらい恥知らずなこともできるようになったのか、と彼の成長ぶりを感慨深く感じたりもし。わしゃ父か!?
 阿佐ヶ谷駅に着くと、店はすぐそこ。「あぁ、ここは荻窪に住んでた学生時代、ちょっと好きだったヤツと毎晩、定食屋に通っていたあたりだなぁ……」とふと思う。ま、はるかな昔ですがね。クラブというからもうちょっと広いのかと思っていたら、フツーのゲイバーに毛がはえた程度。なのですぐにギューギューになり、人ごみ嫌いなオレはカウンター席に避難。そこで明日が締め切りの『桃色encount』原稿のネタをひねりだそうとしたのだが、いかんせんオレの苦手なアンプの轟音で頭がガンガンするし、なにより夜が弱い体質なので眠くて仕方ない。気が着くとウツラウツラ舟をこいでいた。
 演目もつつがなく終了したようなので、akaboshiくんと共に辞去。終電のちょっと前の電車で帰途に。零時すぎに帰宅。とにかく疲れたので入浴パスで就寝。これまでにないほどあわただしい誕生日であったなぁオレ。
  1. 2007/04/24(火) 10:13:11|
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淫夢とウグイス2

4月20日(金)

 明け方、めったにみないような淫夢をみた。ウグイスなんていう慣れないことを昨日したせいで、かなり精神的に疲労困ぱいしてたんだろう。とある相手と、ここに書くことがはばかられるようなコト(笑)をアレコレしているあたりで目が醒めた。ボーッとした頭で時計をみると、七時少し前。しかしテレビをつけたらいつもと違う番組で、「……あれ?」と思ってよくよく時計を見直すと、なんとまだ六時前であった。精神的にはクタクタでも、肉体的にはたいして疲れていないんだなぁ。そのまま起床。原稿書きなど少々。
 今日も昨日に続いて石坂わたる街宣カーのウグイスである。本日は正午から四時までのシフトなので、十一時半すぎに待ち合わせの新中野駅前へ行く。ドライパーは昨日とおなじく勝山氏。ほかに昨日とは違うKさんと、女性のWさんである。Wさんは「少数者」というのが苦手で、どうしても「ショーシューシャ」になってしまうのだが、つい「え? それって臭いを消す車かなんかのこと?」と突っ込んでしまう意地悪なオレ。とはいえ、それに「萌える!」という声もあり(笑)、へんにソツのないアナウンスよりも個性的でいいのではないか、とも思う。オレも二日目ということでやや慣れてきて、母校の前を通ったときには、ちょうど校舎から出て来た後輩たちにむかってアドリブをかます。ウケた々々々。あと、六人ほどの女子小学生チャリンコ軍団がわーっと寄ってきて「わたるク??ン!」と手を振ってきたのには驚いた。今回まわってみて知ったのだが、小中高生の女子たちには圧倒的人気を誇っているのだ、彼は。どれも非有権者であるが、今後につながるので無駄ではない。
 四時すぎ、交代場所の中野坂上駅前で次の組に引き継ぎ。このあとは、akaboshiくんとともに伊藤文学邸に行く予定なので地下鉄に乗り込むが、途中で連絡すると、彼が今日はべつの予定が入ってしまったそうなので、明日に順延して結局、もとの場所へ戻ってくる(なんじゃそりゃ)。スケジュールが空いてしまったので、石坂事務所へ。行くと、「さっき『薔薇族』の人が激励に来てくれましたよ」と。寄付の名前を見ると、S-2くんであった。彼には「誰か中野区のお知り合いがいたらよろしくお願いします」と頼んでいたのだが、ホントに義理堅い男だなぁ。
 しばらくダベったあと(なんとはた迷惑な)今日、自分たちが告知アナウンスしてきた「新中野駅前街頭演説」が七時半からあるので、そちらへ移動。終えたあと、映像作家のNくん、通称“ナッティー”(←オレだけしか呼んでいないが)と共に中野坂上のダイソーに行き、カラーのガムテープを購入。それを使って、事務所のウインドウにレインボーカラーを描こうという算段なのだが、なんと「オレンジ」と「紫」が売っていない。仕方なく、オレンジの代わりに「ピンク」を買い、五色の虹(正確には、赤、オレンジ、黄、緑、紺、紫の六色)でごまかすことに。事務所に戻り、さっそく作業。どうなることかと思ったが、やってみると、まぁ、なんとかレインボーぽく見える。人間というのは、いろんな色の帯が並んでいると、「あ、虹だ」と認識してしまうものなのである(笑)。
 おもてでナッティーがテープといっしょに買って来たレインボーカラーの風船を膨らませていたのだが、途中、ひとつ誤って割ってしまったので「いや、キミ、この時期に選挙事務所前で“パ──ン”という破裂音はヤバいから」と不謹慎な注意をす(笑)。結局、十時すぎまでいてしまった。帰って入浴、零時すぎに就寝。S-2くんには今度の薔薇族パーティで逢うのでよくお礼を言っておかなくちゃなオレ。
  1. 2007/04/24(火) 10:12:27|
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伝統的古本屋とウグイス1

4月19日(木)

 七時起床。今日は石坂わたる街宣カーに乗ってウグイスをやることになっているのだが、それは午後四時からなので、けっこう時間の余裕がある。ならば仕事しろ、という話なのだが(笑)、天気がいいので、古本屋へ行くことに。いや、乗り込む場所が阿佐ヶ谷の近辺だから、どのみちその辺りまで電車で行かなくてはいけないのだ、と自分に言い訳して。
 十二時半ごろ出て、いったんJRで西荻窪まで行き、荻窪、阿佐ヶ谷と戻っていくルートをとる。阿佐ヶ谷では何軒か初めての店を覗いたのだが(あのあたりは最近、新店が増えているのだ)、ある店の居丈高なムードにちょっとムッとなる。「立ち読み、ひやかしお断り」とドアにでかでかと書かれているようなところなのだが、入るとまず、店主サマがじろりと一瞥をくださった(ずいぶん前、某ライター氏が店員をやっていた某サブカル書店でも、おなじ種類の視線を頂戴したことがありましたが)。いわゆる昔ながらの「客を一段下の生き物」として捉えるなつかしい種類の店で、ブックオフなどの「マニュアル優先主義でムダに愛想のいい」新古書店が台頭してきて以来、ずいぶんと少なくなったのだが、まだここにはありましたか! 伝統保護という意味あいでは遺しておく意味もあるかもしれないが、しかしオレ個人はあまり関わりたくない種類の店だね。さほどイイ本があるわけでもないので、たぶん二度と来ないだろう。
 四時ちょっと前に合流場所である西武新宿線「鷺宮駅」に到着。そこでスタッフ交代し、四人体制で発進。このシフトのドライバーは、ふだん「ゲイの老後(未来)を考える会」でお世話になっている八王子の勝山氏。他には若いKくんと若くないKさん(笑)と。ウグイスの経験なんてある人間のほうが珍しいわけで、オレもKくんも最初はちょっと緊張していたが、慣れるに従ってアドリブも増えていき、Kくんにいたっては「同性愛者」という四文字の連呼が時間をおって激しさを増す(笑)。「いいんですかねぇ、こんなに大々的にアウティングしちゃって?」とさんざっぱら言いまくったあとで言うKくんもKくんだが、「いーんじゃないの。どんどんおやんなさい」とさらにたきつけるオレもオレだ(笑)。しまいには、「石坂わたる」1に対して「同性愛者」1.5くらいの比率になってしまったトサ。
 七時半、中野駅に到着し、そこで石坂くんたちと合流。駅前が他候補で占められてしまっているので、仕方なくやや遠くのドン・キホーテ前に移動する。旗持ちとして元すこたん企画の石川大我くんもご協力くださった。期せずしてスポーツジムという、ゲイたちの大好物の真正面になったわけだが(笑)、サテどのように作用いたしますか。
 八時までやって撤収。JR経由で九時前に帰宅。ふだん使わない種類の神経を使った(日常、我々は真正面のものに対してのみ神経を集中させているが、ウグイスは「他候補の街宣カー」「他陣営の事務所」「手を振ってくれている人」「番地表示」「後ろから来るクルマ」等々にくまなく注意をしなければならないのだ)のでぐったり疲れてしまい、十時前に就寝。ふだん「うっせぇなぁ、死ね!」と思っているものに自分が乗る、というのはなかなかに面白い体験だよなオレ。
  1. 2007/04/24(火) 10:08:07|
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エロンパと『薔薇族』自力復刊号、納品される!

4月18日(水)

 七時起床。本日も朝から夕方まで出仕事。ネットニュースで、ここんとこ騒がれている話題の続報が。
【愛川不倫疑惑 ケロンパ「カッコいい」………………44歳年下の女優との不倫疑惑を報じられたタレントの愛川欽也(72)が17日、都内で記者会見し「女性のマンションには行った」と認めたものの、特別な仲ではないと強調した。韓国に語学留学中の夫人、うつみ宮土理(63)からは「あんたカッコいいじゃん」と言われたといい、おしどり夫婦ぶりをアピールした。同日発売の写真週刊誌「フラッシュ」が、愛川が主宰する劇団「キンキン塾」の女優(28)との不倫疑惑を掲載。愛川が韓国に語学留学中のうつみに電話したところ、不倫を疑うどころか「あんたカッコいいじゃん。世間は“現役”だと思うよ」と喜んでいたと説明。この女優は何度か愛川宅を訪れており、愛川も「かわいがっていたことは、妻もよく知っている」と話した。夫妻は1978年に結婚。00年には「日本のナイス・カップル大賞」を受賞するなど、芸能界のおしどり夫婦として有名。愛川は「のんきな家と思われて結構。四六時中、監視するヤボな妻じゃない。これでうまくやってきた」と、夫婦間の問題にはなっていないことを強調した。】
「あんたカッコいいじゃん」とは、またすごいコメントだねー。キンキンがまだまだギンギンであることばかりか、ケロンパが意外とエロンパだということもわかってしまった(笑)。あそこの夫婦は元々「不倫→略奪婚」というような形でのなりたちだったから、そのあたりは通常の家庭よりもサバけているんだろうか。ま、夫婦なんてのはそもそも定型のないものなんだから、よそンちのことに外野がアレコレ口出しすることが間違っておるのだ。ケロンパよければ、すべてよし。
 五時半、地下鉄中野坂上駅下車。そこから徒歩にて石坂わたる事務所へ。木曜・金曜の某件についての打ち合わせを少々と、軽口をたっぷり叩いて七時半すぎに辞去。八時ごろ帰宅すると宅配便の不在通知伝票が。なにかと思えば、先週火曜日に入稿した『薔薇族』自力復刊初号ではないの!!! はやる気持ちをおさえて再配達依頼の連絡をしようと電話のところまで行くと、留守電のランプがちかちかと点滅している。再生すると、伊藤文学氏が弾んだ声で「『薔薇族』届いたよ! いやー、イイ出来だよ」と。配送員に再配達依頼をしてから、伊藤邸へ電話すると、いつになく上気した様子で「ずいぶん早く出来たねぇ」「印刷がきれいだねぇ」「がんばって売らなくちゃねぇ」と、まるで新しいおもちゃを買い与えられた直後のようなはしゃぎよう。こういうストレートなところが文学氏の面白さであり、また愛されるゆえんでもあるのだ。オレのような、どんなに痛くても他人の前ではそれを明かさないタイプにはとうていマネができない。
 三十分ほどして宅配便到着! ここ数カ月バタバタとあわただしく作業を続けてきた『薔薇族』自力復刊号が、ほぼ当初の予定通りの時期に完成した。コケの一念、なんとやらと言うが、人間、やろうと本気で思って出来ないことはないのだねぇ。刷り上がりをチェックすると、文学氏の言う通り、これがなかなかのもの。同人誌用業者の安いセットを利用したのだが、最近はやっぱり技術が向上してるワ! 思えば最初に本を作ったのが小学生のころ。そのときはガリ版刷りであった。中学時代には切り貼りのスペシャル愛蔵本を作り、高校時代には所属していた文芸部の同人誌をコピーで作りと、なんだかんだ色んな本を制作してきたわけだが、何度あじわっても刷り上がり・納品の瞬間にはアドレナリンがめっちゃ分泌されるねぇ。さぁ、キミも『薔薇族』を購入し、オレ以上にアドレナリンを出しまくろうぜ!(笑) 委託販売なども考慮してますが、それより早く欲しい方は、オレまでご連絡ください。
 零時ごろまであちこちに『薔薇族』がらみのメールを出してから就寝。興奮のあまり、なかなか寝つけないオレ。
  1. 2007/04/19(木) 11:32:13|
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群集シーンとおなじリュック

4月17日(火)

 七時起床。一夜あけて雨は上がっていた。雑用のあと、丸正へ食料品調達に出たのだが、毎週火曜は特売デーとあってパニック映画の群集シーンなみの混雑ぶりで、電車にもなるたけ乗らないようにしているような人ごみ嫌いとしてはかなりヘキエキ。
 帰宅して『バディ』連載用のネタ出しなど。ネットを覗くと、先日のこの日記で、おたく評論家・宅八郎氏の渋谷区長選出馬に関し、「宅氏の前に立候補を表明していた快楽亭ブラック氏はゲイパレードへ参加すると明言していたが、果たして宅氏は?」と書いたが、及川健二氏が自身のサイト「及川健二のパリ修行日記」(http://www.pot.co.jp/oikenparis/index.php)の中で、それについてこのように言及していた。
【「おたく評論家」としてお馴染みの宅八郎さんが渋谷区長選挙(4月15日告示、22日投票)に出馬することを選挙用に開設した特設サイトで正式に表明した。告示日前日の出馬発表という超サプライズに驚かれた方も多いだろう。統一地方選挙の前半戦は都知事選に多彩な候補者が出馬するなど盛り上がったが、後半戦は著名人の出馬はない地味な選挙……。宅八郎さんが出馬するとなれば、全国から注目されることになるだろう。「渋谷区の利権・特権をすべてブッ壊す!」という「19の改革宣言」から成る宅八郎の骨太マニフェストは、読みやすく実にまっとうな内容だ。「おたく」という世間から疎んじられる人種だからこそ、同じく社会の「日陰者」扱いされてきたLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)のことをよく理解しているのだろう、LGBTの人権擁護がハッキリとマニフェストに書き込まれている。宅さんが区長になったら、渋谷区はLGBTの祭典・東京プライドに協賛し、区長としてパレードを共に歩くという。宅八郎さんは次のようにいっている。「ボクが区長になったら、渋谷区は反石原でいきますからね……」石原慎太郎・都知事を心底嫌いだという宅さんが勝利すれば、石原圧勝へのリベンジになるであろう。宅さんが渋谷区で大旋風を起こすことを心から期待したい。】
 なるほど。一応、ホモレズ系も有力な支援者層として拾い上げていくわけね。とはいえ「オタクは自分たちよりも下のイキモノ」と認識している二丁目族(オタクもまたホモを見下してるが。ホモでオタク、という二重苦(笑)をもつオレだからこそ、双方の根深い差別意識というものがよくわかるのだ)と、どこまで連帯していけるのか……。「ゲイ・ビアンですがオタクです」なんていうmixiコミュを管理する者としてはちょっと興味深いところではある。
 この日記を更新してほどなく、『桃色encount』よりメール。石原シンタローネタのコラムがカットされたらしい、と先週末分の日記に書いたが、「それは別のコーナーにちゃんとアップされています」とのこと。へー、そういうコトがあるんだ、と。「ご丁寧にお知らせいただきましてありがとうございます」と返信す。しかし、このタイミングで、ということは、担当氏もひょっとしてこの日記を読んでるんだろうか。意外なところの意外な方(こちらがエッとなるような)から「読んでますよ」と言われることもけっこうあり、テメエのものながら時おり影響力がそら恐ろしくなることもあるのです(笑)。
 十時くらいまでダラダラとパソコンにむかってはみたが、気圧のせいか(午後には雨が降り出してきた)どうにもテンションが上がらない。なので本日は終了とす。『セクシーボイスアンドロボ』を見たら、劇中に登場するリュックがオレの持ってるのとおんなじヤツで笑った。十一時就寝。ま、オレのリュックには「仏像」も「フランスパン」も「脚」も入ってませんが(観た人にしかわからないこと言ってるな)。
  1. 2007/04/18(水) 22:14:26|
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1984年生まれの団塊世代と早めの誕生祝い

4月16日(月)

 七時起床。小雨ぱらつく中、本日も朝から夕方まで出仕事。ネットにこんなニュース。
【 半田健人が憧れの尾崎紀世彦と対談!………………仮面ライダー555(ファイズ)の主演で知られる人気俳優・半田健人が、かねてからの憧れだった歌手・尾崎紀世彦と雑誌『団塊パンチ』の対談企画で初対面を果たした。 1970年代の大ヒット曲「また逢う日まで」で知られる尾崎。日本人離れしたソウルフルな歌声が、昨今の和物レアグルーブ・ブームの中で、若い人達に再評価され人気が高まっている。一方、半田は弱冠22歳ながら、小学生の頃から尾崎のLPを求めて中古レコード店をめぐり、70年代に発表されたアルバムは全て聴き込んでいるという程の筋金入りのフリーク。 尾崎にとって半田は年齢差41歳の「孫」世代。対談を終えて尾崎は「俺より俺のこと知っているんじゃない?しかし、よく知ってるねえ」と感嘆。半田は「憧れを超えた本当にボーカリストの鏡というような方と今日こうやってお会いできて……すごい不思議な感じがします。感動っていうだけじゃないですね」と喜びを爆発させた。】
 こういう仕事を無難にこなせるあたり、さすが「1984年生まれの団塊世代」と呼ばれている半田健人だけのことはある(笑)。半田くんはこれからどこへ行くのか……いろんな意味で楽しみである。
 雨まだ止まぬ中を五時半、中野。さくら水産前にて劇団フライングステージの俳優、石関準くんと待ち合わせ。今日はちょっと早いが誕生日(本番は二十一日)を石関くんが祝っってくれるのである。平日ということで空いている店内で、まずは乾杯。そしてアレコレ話す。劇団のこと、次回公演のこと、今期テレビドラマのことなど。あと、ちょっとデリケートな問題も相談。なんやかや話がはずみ、あっという間に十一時半のカンバン時間。外へ出るとまだ雨やまぬ。駅のホームで石関くんと別れ、JRにて零時前に帰宅。入浴し、メールなど打ってから一時前に就寝。あー、今日は気のおけない友人とよく呑みよく話したなぁオレ。
  1. 2007/04/18(水) 22:13:11|
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はじめてのポスター貼りとジャンバー着る

4月15日(日)

 六時起床。昨夜、うすら寒いなかを二時間も立っていたせいか、ちょっと風邪っぽく頭が痛い。なので服薬。本日は中野区議選の告示日であり、石坂わたる事務所のサポートとして、中野区南台エリアのポスター貼りをするのだ。『談志・陣平言いたい放だい』の再放送を観ながら朝食をとり、身支度をととのえる。ネットを見ると、政治がらみのこんな仰天ニュース。
【宅八郎さん:渋谷区長選出馬へ………………オタク評論家の宅八郎さん(44)が14日、東京都渋谷区長選(4月15日告示、同22日投開票)に無所属での立候補を表明した。政治団体「オンブズマン渋谷行革110番」が擁立。宅さんは、区長の退職金や職員給与の高さについて批判し、再開発計画の中止や区政情報の公開などを公約に掲げている。一切の政党、組合、企業からの支援は受けず、チラシ配りなどを手伝う「サポーター」を募って選挙戦を展開するという。同団体では、落語家の快楽亭ブラックさん(54)を擁立し、本人も出馬を表明していたが、調整がつかずに出馬を取りやめ、新たに宅さんを擁立した。】
 快楽亭ブラックから宅八郎へ……この団体は、どういう基準で擁立者を選定しているのか、そのあたりが最も気になるところである(笑)。しかし、ブラック氏が降りてしまったということは、「渋谷区長がゲイパレードに参加する」という構想も潰えてしまったということなのか? 宅氏はどーすんの?
 九時半前に外出。今回は別の無所属候補陣営と連帯して、二人分のポスターを貼っていく手筈になっているのだ(そうすれば、人員が半数で済む)。現地に向かう途中、事務所のほうより、まずわたるくんのポスター張り込み位置(当日朝、抽選によって決定される。それが決まらないと、ポスターが貼れないのだ)が知らされる。現地につき、「とりあえず、わたるくんの分だけ先に貼っておくか」と板の前に立とうとした瞬間、ケータイが鳴り、もうひとりの位置番号が知らされた。おー、すげぇ、時間のロスはゼロだぜ。一応、待機する前提で暇つぶし用の本も持ってきたのだが、出番はまったくなかったね。
 担当地区、八カ所を四十分弱で貼り終わり(他陣営のオジチャンたちとものどかに話をしながら、なかなか楽しい作業であった)、東中野へもどる。終えた面々が続々とやってくるが、石坂陣営はかなり早期に貼りこみ完了となった模様。一時半ごろまでいて、中野へ移動。駅前での街頭演説の応援である。その際、昨日は着なかったピンクのジャンパーを今回は着ることにする。今日は「是非に」と頼まれたし、また一般街頭での着用を拒むのは「自分を安全圏におくための卑怯な行動」という気がしたのである(無関係な人間がなんとなく来る……なんていうような場所ではない二丁目で着るのはリスクが低いが)。これもまた、オレなりの法則(仁義)にのっとっているのだ。ついでにレインボーフラッグも持ちましたぜ。
 三十分ほどでぶじ終わり、ちょっとヤボ用(ワケあって詳細は省く)をこなしてから事務所へ戻る。あれこれバカ話などをしながら七時まで。数人で東中野駅前へ行き、本日最後の街頭を手伝ってから帰途に。八時半ごろ帰宅。さすがに疲れたので、入浴し、横になる。録画しておいた『ワンピース』や『サンデージャポン』などを観ながらウトウトと。十一時半、就寝。普段、外側からしか観られない「選挙」というのを内側から見られたのはモノカキとしてはなかなかの収穫であったなオレ。
  1. 2007/04/17(火) 13:17:15|
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ジャンパー着ずとはじめてのビラまき

4月14日(土)

 七時起床。明日は一日選挙ボランティアなので、当座必要な原稿をすべて片付けることに。コートコーポレーションのPR誌『CHECK』のコラム四ページ分をひたすらカリカリと。三時ごろに仕上げて送信。いいかげん疲れたので一時間ちょっと昼寝。起きて支度し、五時ごろ外出。
 高田馬場で資料を探したあと、徒歩にて新宿二丁目へむかう。七時ちょっと前に到着。今日は尾辻かな子事務所の協力で、石坂わたるくんが七時から街頭演説をする予定になっているのだが、時間になっても始まる気配がない。中止にでもなったか? といぶかしんでいると、見知った顔がチラホラと。なにやら予定がずれこんでいるらしい。結局、半ごろのスタートとなった。
 スタッフは皆、尾辻事務所から借り受けたユニフォーム(ピンクのジャンパー)を着ている。オレも五、六人の人から「ジャンパーを着ませんか」と勧められるが、普段たいしたこともしていないような人間が、こういう目立つ機会にだけそういう格好をして「ほらほら、ワタシはこんなにやってますヨ!」とアピールするのは、あまりに売名行為っぽくて人間としてどうなのか? と思われ、申し訳ないが遠慮させていただく。生業や学業をセーブし、私生活を投げ打って縁の下の力持ちとして頑張っているような子たちが大勢いるのに、そうした子たちをさしおいて、仕事も私生活もほとんど普段通りにしているようなオレなんかが、そういうものを着る資格はない気がするのだ。「自分の分というものをつねに考え、分際をわきまえて行動せよ」と小さい頃から親に教えられて育った者としては、そういう部分にはどうしてもこだわってしまう。最近の連中というのはそういう理屈がわからず、なんにも事をなしていないヤツが、一大事業を成し遂げた人間と自分を同列(どころか、下手すりゃテメエのほうを上にしたりしやがる!)に考えたりする。アホか、という話である。これも戦後の、魂の入っていない平等教育の弊害であろうか。人間そのものは平等かもしれないが(いや、あくまでも原則論であるが)、為してきた事柄によってそれぞれの値うちはまったく異なるのだ。それのわからぬ愚か者たちのことを、オレはためらわず「クズ」と呼ぶ。今回の件では「理屈っぽくて、めんどくせぇヤツだな」というような印象をもたれたかもしれないが、それがオレ一流の筋の通し方なんであるから仕方ない。世間の恥知らずどもをクソミソに言っている者として、そういうヤツらと同じ位置に自分をおくわけにはいかない。
 演説は八時におわり、そのあとは街頭でのビラ(二丁目用、と称した、わたるくんがゲイゲイしいコスプレをしたもの)まきを手伝う。告示してしまったあとは刷り物を不特定多数に配ることはできないので、今夜がラストチャンスなのだ。こういうことをするのは生まれてはじめてなので、最初は勝手がわからなかったが、じょじょにコツというか法則のようなものが見えてきた。一人の人間はセカセカしているのでダメ。二人連れは自分たちの世界に入り込んでしまっているのでやっぱりダメ。狙い目は、三人以上のグループで、話の輪から外れて手持ち無沙汰っぽい人間である。しかし、ゲイらしき連中というのはほとんどビラなんて貰わないね。貰ってくれるのは、どうみてもノンケのオッチャン・オバチャンだけだ。当事者はあまりアテにはできないのでは? というオレの懸念がまたも裏打ちされた模様(演説をちゃんと聞いていた人間も、二ケタいたか、いないかという程度だったし……)。
 十時まで二時間ほど配ってから解散。途中まで、赤杉康伸くんと共に。途中、A社のN記者よりケータイに着信。徒歩にて半ごろ帰宅。明日は忙しいので、入浴し、すぐ布団に入る。『ジェネジャン』(NTV)の“スピリチュアル特番”を見るともなしに見るが、出てくる連中のキャラがやたら立ちすぎていて、なにやら堤幸彦のドラマを見ているような感じになる(笑)。一時前に就寝。しかしオレが言うのもなんだが、黒ずくめの男が夜の街角でビラまき、というのはかなり怪しい光景であり、よくみんな受け取ってくれたもんであるなぁ。いや、ぎゃくに怖かったから受け取ってくれたのか?(笑)。
  1. 2007/04/17(火) 13:16:33|
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二周年とヘアカットとコラムカット

4月13日(金)

 本日は、この日記をつけはじめて満二周年の記念日である。いよいよ三年目に突入だ。もともとはメディアソフトから出された復刊『薔薇族』のPRや広報のためにはじめたものなので、そちらが八号でポシャった時点で辞めてしまってもよかったのだが、「いつも読んでます」などと言ってくれる人が意外と多くて、辞めるに辞められなくなってしまった。読者がいるかぎり、モノカキは書き続けなくてはならんのである。とはいえ、一文にもならんものばかりをやたら書いているせいで、実生活はどんどん貧しくなってしまう。誰か、金になる仕事もくれ(笑)。「気が向いたときにだけ書く」というユルい自己規定で始めたのだが、やってみれば二年間、一日の欠落もナシ。おかげさまで色んな皆様たちから「なんでも書くコワイ人」と恐れられていますが、そーゆー人間が一人くらいいたほうが世の中、緊張感があってよかろうサ(笑)。
 七時起床。起きてすぐに原稿書きはじめる。今日はけっこう忙しいのだが、そう思えば思うほど髪を切りたくなってくる。逃避行動か? 我慢できず十時、ちょっと抜け出して駅前まで。三十分程度で戻ってシャワーを浴び、洗濯機をまわす。一時すぎ、特集用の資料を借り受けに『バディ』の編集・N氏来る。一時間以上アレコレと持論を開陳したあと、九一年の女性誌『クレア』と、テレビ朝日の深夜番組『プレステージ』の録画テープ(どちらもゲイ特集)を貸し出す。そのあとは、録画しておいたBSアニメ夜話『あしたのジョ?』を横目で眺めつつ、『桃色encount』用の原稿書き。書き上げてアップしようと執筆者用ページに入ると、先週入稿したもののうち、“浅野史郎候補、新宿二丁目演説会”の分がまるまるカットになっていた。石原シンタローを揶揄しまくったからビビッたのか? 三選確定後に書いたものだからべつに選挙妨害にはあたらないと思うのだがねぇ。そもそも「エロネタ専門サイト」と銘打っているようなトコなんだから、たいした社会的影響なんかありっこないし。まぁ、エロサイトだからこそシンタローを刺激して睨まれたくないのかもしれんが。
 六時外出。途中のコンビニで『フライデー』を立ち読みすると、TBS『サンデージャポン』のヤラセ(秋葉原オタクインタビューのインタビューイが実は仕込みだった、というもの)追求記事の続報が。今回はその中で最も異彩を放っていた“シャア・アズナブルのコスプレ男”が真相(?)を語っているのだが、それによると「最初の登場のみはまったくの偶然だったが、次回以降のものは“来てくれ”と依頼されて行った」のだという。とはいえ、この程度のものはマスコミならばどこでもやっているような気がするのだがなぁ……。『あるある』バッシングフィーバー以降、とにかく「捏造」と言っときゃ間がもつ、みたいな風潮が週刊誌界に広まっているような気がしてならん。そんな安直なドタマしか持ってないから雑誌がどんどん衰退するんだぞ、とも言いたくなる。そんなことより、驚いたのは、そのシャア男がじつはシロートではなく“芸人”だった(!)ということだ。「吉本のアムロ芸人と同じくらいの芸歴です」と答えるなど、若井おさむにライバル心むきだしな感じであるが、こうなったら芸人同士の代理戦争で「アムロVSシャア」をやってもらいたいなぁ。
 六時半ごろ、石坂わたる事務所まで日曜の告示日に貼りにいく選挙ポスターを受け取りに。担当エリアは、目印になるものがほとんどなく、土地勘がないと迷う確率の最も高い南台地区(京王線笹塚近く)となる。十時近くまでいて辞去。入浴し、零時ごろに就寝。さて、いよいよ選挙の本番が近づいてきた。オレも体調を整えねば、な。
  1. 2007/04/17(火) 13:15:47|
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奇夢とミーティング

4月12日(木)
 七時起床。起きる直前、じつに奇妙な夢をみる。映画を観るため映画館まで行くのだが、着いた瞬間、自分が猫を抱いていることに気づくのだ。「あ、いけね。猫つれてきちゃった。家に戻さないと」と思い、また家まで抱いて帰るのだが、その猫というのが見たこともない猫なのだ。「ウチの猫じゃねぇよなぁ絶対に」と怪訝に思いながらも大事に大事に抱きかかえ、家について放した瞬間に目が醒めた。これが何を暗示しているのか? 思い当たる節がないではないが(あえて言わない)、しかし夢とは不思議なものよ(知人の某氏は“それは、アンタが独り者で寂しいから猫でも飼え、という天の啓示だ”と言っていたが、そんな単純なモンじゃねぇや(笑)。
 石坂わたる事務所のK氏より日曜の選挙ポスター貼りボランティアの参加確認メールが。参加します、詳細は今夜のミーティングにてお聞かせください、と返信。日曜日の予定をまるまる空けるため、昼間はずっと原稿書き(『桃色encount』)に専念。六時すぎにとりあえず一段落つけ、七時外出。東中野へ。ブックオフをちょっと覗いたあと、石坂わたる事務所。全体ミーティングに顔を出す。十一時近くまでいて辞去。入浴し、『アメトーク』の女芸人特集を観てから一時前に就寝。夢のせいで、猫を抱いてみたいなぁ、と久々に思ってしまったオレ。
  1. 2007/04/17(火) 13:14:43|
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ドロンジョとジャンヌ

4月11日(水)

 七時起床。「やじうまワイド」の芸能ニュースで、こんな仰天話題。
【「ヤッターマン」「ガッチャマン」を実写映画化………………インデックス・ホールディングス子会社の日活は4月10日、往年の人気アニメ「ヤッターマン」と「科学忍者隊ガッチャマン」の実写映画化を決めたと発表した。ヤッターマンは2009年春の公開を目指し、具体的に製作が進行しているという。ヤッターマンの映画版は、「ゼブラーマン」「妖怪大戦争」などの三池崇史監督がメガホンをとり、メカ&キャラクターデザインは実写版「デビルマン」のコンセプトデザインを手掛けた寺田克也氏が担当する。】
 同番組によると、ドロンジョ役としてアンジェリーナ・ジョリィにオファーを出して「やんわりと断られた」そうだが(そりゃそうだろ)、制作者たちはどこまで本気だったんだろうか?(笑) コメンテーターのやくみつるが、「ドロンジョは、お笑いの“にしおかすみこ”でいいんじゃないですか。あと、ボヤッキーは笑福亭笑瓶で決まりでしょ」と。にしおかすみこは個人的には今、女ピン芸人では一番好きなのだが、そこそこ金をかける(であろう)映画の裏主役(いや、ヤッターマンよりドロンボー一味のほうがキャラ立ちしてるから、実質的主役か)にしては、ちょっとチープすぎないか? オレ的には杉本彩あたりになるんじゃないかと踏んでいる(二十年前の夏木マリ、ならもっとぴったりだが)。しかしボヤッキーは、そうね、笑瓶というのはいい線だ。あとは……桂小枝か? そしてトンズラーは、オグちゃん(小倉久寛)あたりでどーだ? ヤッターマン側は、特に誰でもいいや。旬なところで妻夫木聡と長澤まさみとかでも可。
 本日も朝から夕方まで出仕事。昼過ぎ、昨日『薔薇族』の原稿を送った印刷会社からケータイに連絡が入る。昨日の午後に発送したのに、今日の11時はもう着いてしまったんだそうだ。東京?広島だというのに、早っ! それはともかく、何かデータに不備でもあったかとドキドキしたが、単に納期に関する確認だけであった。ホッ。
 六時帰宅。夕食、入浴の後、資料をあれこれ眺めながらコラム用のネタ選定。九時からは『ベルサイユのばら』再放送。今夜はオレの一番お気に入りキャラであったジャンヌの最期を描く「アデュウ わたしの青春」。情夫との無理心中の直前、「おめぇ、いい女だったぜ……」と言われ、「本当かい!? 嬉しいよ……」と顔を一瞬ほころばすシーンは何度観ても(実際には本放送時から何十回、だが)ジンとくるねぇ。法廷で、衆人監視のもと「王妃はレスビアンだ!」と大胆に偽証する場面とならんで好きなシーンなんである。声優時代は「子ども、動物、婆さん」がほとんどだった松金よね子の、たぶん唯一の美女役だと思うが、ジャンヌはホントに「いい女」であった。それにしても七十年代のアニメってのは、夜七時からこんなモン流していいのか、と観ているほうがビビるようなものをいっぱい流してたんだよなぁ。
 十一時にネタ選びをなんとか終えて、『水曜どうでしょうclassic』観てから十一時半就寝。マンガ・アニメの実写化ブーム、というのはいつまで続くのだろうか、とやや奇になるオレ。
  1. 2007/04/17(火) 13:14:01|
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ようやく入稿と嬉しいアルコール

4月10日(火)

 七時起床。雑用アレコレこなしたあと、十一時半ごろ外出。うららかな陽気のもと、徒歩にて気持ちよく下北沢へ。途中、中野坂上のダイソーにてB4サイズのクッション封筒を購入。新中野のブックオフを覗くと、フロアにぺたりと座り込んで本を読んでいるはた迷惑な母子あり。幼児が座り込むのはまだしも、その母までも座るこたぁないだろう。立ち読みまでは許してる店でも、さすがに座り読みは禁じているんだから。「親というのはつねに子とおなじ目線でコミュニケーションをはからねばならぬ」ってか!? アホ。そういうのは手前ンちでやれ。こういうバカっ母(from女性セブン)が育てたガキがマトモに成長する確率はかぎりなくゼロに近し。こうして代々、バカは純化をつづけ、この世をむしばんでいくのである。
 街のあちこちに映画『東京タワー』のポスターが貼りまくられている笹塚(なにしろ作品の舞台だから)をぬけ、一時チョイすぎ、伊藤文学邸到着。本日はいよいよ、自力復刊『薔薇族』第一号の入稿をするんである。印刷料金の振り込み用紙やゆうパックの発送伝票なんかに必要事項を記入し、文学氏といっしょに近所の郵便局へ。窓口の順番をまっていると編集副委員であるakaboshiくんもやってきて合流。順番がくるまでまだちょっと時間があるので、刷り出し見本のクリアファイルを彼に見せる。編集後記のページに、二人のブログのURLを並記してあるのだが、オレのが『文志奇狩都のアヤシクない日常』で彼のが『フツーに生きてるGAYの日常』とどちらもタイトルのパターンが「……の日常」であり、おまけに両方とも使っているのが「fc2ブログ」と、まるでしめしあわせて開設したかのような符合ぶりに思わず笑ってしまった(いや、まったくのグーゼンなんですよ奥さん)。
 ようやく入金が済み、文学氏からあずかった振り込み証書のコピーをコンビニでとって注文書に貼付けて、MOディスクと刷り見本とともにクッション封筒へ封入。そして発送。これでDTPデータに不備さえなければ数日後には本となり、文学邸とわが家に送られてくるのである。「ああ、ようやくここまで来たな……」と安堵の息をつく。すべて終え、文学邸にもどり、とってくださった店屋物(オレはカツ丼、akaboshiくんは親子丼)で昼食をとりながら、あれこれ話す。今日はただでさえ好天なのだが、文学邸のベランダからの眺めがまた下北沢駅徒歩五分とは思えないほど静かでのどかで(遊歩道や公園などを臨める緑ゆたかな借景がまたすばらしい!)、開け放たれた窓から爽やかな風が吹き抜けたりするので、一瞬、高原の別荘にいるような錯覚におそわれる(そんなトコには行ったことないので、あくまでイメージだが)。
 若くして事故で亡くなった、著名ダンサーであった最初の夫人(伊藤ミカさん。享年33)の生前の記事や訃報などが載っている昔の週刊誌やグラフ誌を拝見したり、今月末に開く予定の自力復刊記念パーティのことなどを話して四時ごろ辞去。小田急線で帰途に。このあとはakaboshiくんと二人でちょっと祝杯をあげる予定なのだが、さすがに早くて呑み屋はまだ開いていないので、途中でアルコールを仕入れて、わが家で宅呑みすることに。ビデオなど観ながら、人物月旦などしながら、互いの活動ポリシーなどを語り合いながら、ビールと梅酒割りをグイグイと。ちょっと複雑な話なんぞもする。
 明日も仕事で朝が超早いakaboshiくん、八時半に帰る。見送ってから、入浴。仕事のメールなど打ちながら、今日スタートのドラマ『セクシーボイスアンドロボ』を横目で。ああいう趣向のコミック作品を、果たして原作の味わいを維持しながら実写化できるのか、オレはかなり懐疑的で、ゆえにほとんど注目してなかったのだが(オリコンウィークリーの「一般視聴者・放送前ドラマ期待度ランキング」でもベストテンの圏外だし)、意外やなかなかの健闘ぶりだった。初回拡大版のせいか、ドラマというより、作り込まれた短編映画を観せられたような……。エンドロールで「脚本・木皿泉」とみて、すべてを納得。『すいか』というテレビドラマ界久々の快作をくりだしてくれた彼ら(木皿泉というのは男女二人の合同ペンネーム)であれば、なるほど面白いのも当然か。浅丘ルリ子や片桐はいりという『すいか』から引き続きのキャストもそれぞれイイ味だしてるし、なによりヒロインの女の子が大好演している。これは今期の必見ドラマかもしれん。前クールの『ハケンの品格』につづき、「日テレなかなかやるジャン」という気分にさせてくれた。
 十一時すぎにフトンに入り、寝床読書。久世光彦氏のロングインタビューとファンとしての目線による詳細なる解説(こういう構成というのは好悪がかなり分かれるところだろうが、オレはそういうのはキライじゃない)とで、久世ドラマの魅力について徹底的に語り尽くした評伝(というのもちょっと違う気がするが……)『「時間ですよ」を作った男』(加藤義彦/徳間書店)を。とにかく紹介されているエピソードの数々が面白くて、もう一ページだけ、もうちょっとだけ……と読み進み、あっという間に一時すぎ。イカン、イカンと後ろ髪ひかれながらも本を閉じ、就寝。あー、今日はいろんな意味で充実した一日であったなオレ。
  1. 2007/04/11(水) 19:02:37|
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「あ、映ってる!」と「あ、ミスしてる!」

4月9日(月)

 七時起床。テレビ朝日「スーパーモーニング」を見ると、「浅野候補敗北の理由検証」のコーナーで、先日の二丁目演説会の映像が流れていた。浅野氏のうしろに石坂わたるくんもけっこう大きく映っていたが、ちょっとはプラスになるのかね。
 本日も朝から夕方まで出仕事。途中、『バディ』の編集某氏(はじめて話す方)から特集に関する相談の電話アリ。六時帰宅。入浴、夕食のあと、伊藤文学氏に電話し、明日の訪問時間について打ち合わす。そのあと、『薔薇族』のMOに落としたDTPデータにヌケやモレはないか念のためにチェックすると、なんと一カ所チョンボがあった! よかった、最終確認をしておいて。注文票の記入などに思いのほか手間どり、終了したときには十一時近くになってしまっていた。なのでその他モロモロの雑用については明朝早起きしてやることにして零時前に就寝。『薔薇族』もいよいよ完成直前だな、とだいぶ安心してるオレ。
  1. 2007/04/11(水) 19:01:56|
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都知事選と学習会

4月8日(日)

 六時半起床。雑用アレコレこなしたあと、十時外出。都知事選の投票をすませた足で、とある資料を探しに池袋・要町・江古田方面までウォーキング。途中、いくつもの投票所の前を通ったのだが、およそ選挙なんていうものには似つかわしくないような人々(と言っては失礼だが)、たとえばジャージ上下のヤンキー夫婦みたいなのがずいぶんと見受けられ、この選挙の社会的関心の高さがうかがえた。江古田に着いたころに、A社のN記者よりケータイに着信あり。少々話す。
 中野まで歩いてJRで帰途に。二時帰宅。重いものを色々買ったせいで汗だくとなったので、シャワーを浴びる。今年はじめてだな、こういうパターン。上がって、途中で買った牛スジ煮込みをおかずに昼食。そのあと『桃色encount』の原稿書き。終えて、昨日文学氏からあずかった『薔薇族』の朱入れ部分のデータ訂正。済ませたものをMOに落としていたら、あっという間に五時半すぎ。あわてて支度し、ふたたび中野。なかのZEROで開かれる石坂わたるくんの勉強会へ。しかし、会場に着いて部屋割り表を見ても「石坂わたる」の文字がない(代わりにアニメ研究サークルの老舗である「アニドウ」の集会告知があったが)。あれ???? と思っていると、石坂くんサポーターのNくんがやってきて、手違いで料金支払いが前日までにされなかったせいで自動キャンセルされてしまったんだという。和泉●禰かよ!? と思わずツッコミたくなってしまった(笑)。さいわい別の部屋がとれたそうで、石坂くんのお母さんのモモさんが手続きをしてことなきをえた。
 結局いつもの部屋に落ち着いたのだが、今夜はスタッフも二人、参加者も四人とやや寂しく、どうなることかとハラハラしたが、Nくんの機転でその小規模性をプラスに転じることができた。要するに、テーブルを囲んで車座になり、候補者と有権者が至近距離で対面しながら意見交換できるようにしたのである。おかげで、小規模ながら濃密で内容のある会となった。石坂くんもいつになく意欲的で気合いが入っており、「自分の思いを伝えたい!」という姿勢がよく見えた。そのため彼の話が途切れそうになったときにはこちらも気持ちよく助け舟をだすことができたのであった。
 九時半終了。会場前で石坂くんと別れ、モモさんやスタッフのNちゃんと中野駅まで歩く。Nちゃんから「石原慎太郎当確」と聞き、「あぁ、やっぱり……」と嘆息。JR経由で十時帰宅。テレビをつけると、喜色満面のシンタローが。
【「ソフト路線」で逆風かわす=自民に「借り」、都政に変化も?都知事3選の石原氏………………8日の東京都知事選で3選を果たした石原慎太郎氏は、高額出張をはじめとした「都政私物化」問題で批判を浴びる中、反省姿勢を前面に出す「ソフト路線」を徹底、逆風をはね返した。自ら「最後だと思う」と認める選挙だったが、改めて高い人気を見せ付けた。ただ選挙戦で推薦候補並みの支援を受けた自民党に「借り」をつくった形となり、3期目の都政運営では都議会に配慮する場面が増えそうだ。都の文化事業への石原氏四男の関与など、昨秋から吹き出した一連の問題に危機感を募らせた石原氏は、選挙戦でいつもの「こわもて」ぶりを封印。「説明が足りず誤解を招いた」と反省の弁を繰り返す半面、ディーゼル車排ガス規制といった実績を前面に出し、反石原ムードの広がりを最小限に抑えることに成功した。また、無党派層を意識し、自民党の推薦を辞退する一方、予想以上の逆風に組織戦を進める必要があると判断。自民、公明両党に実質的な支援を求めた。このため3期目は、自民を中心とした議会側の意向を聞く場面が増えることが予想され、「トップダウン」「独断」との評がある「石原流」都政運営にも変化が見られそうだ。】
 マスコミが皆「石原有利」の論調を通したことで有権者が暗示にかけられた、という見方もあるが、しかし結局、都民の多くは石原都政に決定的な不信感を抱いていなかったということだ。そのまんま東は、宮崎県民のしがらみだらけの県政への不信感を追風にしてみごと勝利を勝ち取ったわけだが、東京都民はブツブツと文句はいいながらも、絶対的な「アンチ石原感」というのは持っていなかったのである。これは土着性の強い「地方」と、流れ者が大半を占めている「首都」との政治意識の差(自分の土地、という意識の強弱差)というのが顕著になったのかもしれない。いずれにしても、もう一期、あのオヤジのマバタキ(あれはチック症だよな)を見続けなければならないわけか。ハァ……。
 入浴し、零時就寝。少数派の声、まだまだ世間を動かすには至らず、と改めて知ったかなオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:10:23|
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桜餅とトーク司会

4月7日(土)

 七時起床。雑用アレコレこなしてから、一時半ごろ外出。本日はオレが進行役をつとめるイベント「伊藤文学VS上川あやトークライブIN邪宗門」である。笹塚の商店街を通り抜けていると、和菓子屋の前に石坂わたるサポーターの大学生・Mくんがいたので「よぉ、御苦労さん」と声をかけると、「いやー、桜餅うまそうだな、と思って見てたンすよ」と(笑)。チラシのポスティングの最中なので、「ま、がんばって」と別れたが、その直後、「あ。桜餅くらい買ってやればよかった」と気づいて激しく自己嫌悪。うー、オレはなんて気の利かないオトナなんだろうか、と。
 三時、文学邸到着。朱入れの済んだ刷り出しを受け取っていると、ほどなくakaboshiくんも来る。「ちょっと早いが、ぼちぼち行ってようか」と文学氏が言ったので、邪宗門へむかう。文学氏の足が痛むというので近いがタクシーで。奥の部屋で待機していると、大阪からやってきたというお客第一号の方が。最初は全然わからなかったのだが、十五分ほどしてハタと、その人が尾辻かな子さん関連の催しで知り合った人物であることに気づく。居酒屋で酒まで呑んだというのに、我ながらなんと優れた忘却力であろうか、と感心す(いや、感心してる場合じゃないが)。
 トーク会には十人以上もの方がやってきて、なかなかの盛況ぶりであった。これより多くても少なくても良くなかった、という人数。文学氏は例によって「キミは司会のくせして自分で喋りすぎダヨ」という目をしていたが、あくまでも雑誌掲載を前提とした対談なので、オレが舵取りをしていかないと後々困るのである。たとえ憎まれても役割は果たさねば。
 七時すぎ、会はぶじ終わり、文学氏の提案で、元社屋の近くにあったラーメン屋で全員で夕食。文学氏が太っ腹にも御馳走してくださった。出ると、外はそこそこの雨。この天気の変わり具合、日本はいよいよ亜熱帯になってるんだなぁ。上川さん一行はタクシーで帰り、オレとakaboshiくん、知人のKくんは折り畳み傘に三人で入って(完全な気休めだが)下北沢駅まで。逆方面のKくんと別れ、akaboshiくんと新宿まで。駅で別れ、九時半帰宅。入浴し、読書など少々。
 録画しておいた今日スタートの竹宮恵子原作のアニメ『地球へ…』を見る。劇場版アニメが封切られたのは、オレが高校進学の年、八十年だったから、四半世紀以上をへてのリメイクということか。あの映画版は、井上純一、志垣太郎、沖雅也、秋吉久美子、薬師丸ひろ子、岸田今日子といった顔出し俳優がメインの声優をつとめたのだが(最近のジブリアニメの元祖的試みだな)、やっばり勝手が違うのか、見ていてイタかった。とくに秋吉久美子が(笑)。オレは初めて劇場内で「ヘタクソ……」という観客の怒りとも哀しみとも哀れみともとれる声を聞いたぞ(笑)。
 零時ごろ就寝。ま、なかなかに独創的で面白い対談は収録できたろうさ、と安堵するオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:08:47|
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歯医者一段落と久々の中目黒

4月6日(金)

 七時起床。雑用のあと、九時、歯医者。足かけ三カ月続いた今回の治療も、今日でとりあえず一段落。治療室に、所在なげにたたずむ女の子がいたので、この春の新人カナ? と思ったら、やっぱりそうだった。オレの担当である「江角マキコから青木さやかへのモ?フィングの途中」みたいな女医さんに細かな部分をアレコレ指示くだされ、ちょっとうろたえていたが、まー、じきに慣れるだろう。
 治療終えて、外へ出ると、天気も陽気も上々。どうしても辛抱できなくなり、中目黒方面まで古本屋めぐりをすることに。このルートは一月以来だからけっこう久々である。JRで恵比須まで出て中目黒へ。祐天寺、学芸大学と線路沿いに下ってアレコレ購入。しばらく来てなかったせいか、掘出し物が多くて嬉しい悲鳴である。徒歩にて恵比寿まで戻ってJRで帰途に。三時すぎ帰宅。原稿書きなどしてから七時半すぎ、外出。東中野にて、石坂わたる事務所の全体ミーティングに参加。十一時くらいまで。akaboshiくんと駅の前まで話しながら歩き、そこで別れる。徒歩にて帰宅。入浴して零時就寝。もう、しばらく歯医者に行かなくていいのはホントに助かるなぁオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:08:08|
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桜散歩と気に入られました

4月5日(木)

 七時起床。雑用のあと、十一時外出。ほぼ完成した『薔薇族』の刷りだしを持って、徒歩にて下北沢へむかう。途中の笹塚で古本屋を覗いていたら、akaboshiくんからケータイに着信。滞っている原稿について話す。一時、伊藤文学邸到着。「一緒にお昼を食べよう」と誘われてマンション下の食堂へ行くと、奥さんとお嫁さんとお孫さんがいらした。食べていると、「アタシ食べないから、よかったら食べて」と奥さんが、温泉卵やらお新香やらをあれこれこちらへくださる。なんだか、気さくな親戚の家に遊びにきているような気分である(笑)。しかし、こういうアットホーム感覚が、『薔薇族』を世間一般の商業誌と一線画させていたのだろう、と思う。自分の家の取り壊し写真を眺めながら、「これはいい写真だなぁ」と嬉しそうに言う文学氏と、「ネ、いい写真でしょう」と胸をはるオレ。どちらもマトモな人間ではないよな(笑)。土曜日の上川あやさんのイベントの打ち合わせなども少ししたあと、二時ごろ別れる。
 あちこちに桜が開いていてとてつもなく気持ちがいいので、つい帰りも歩いてしまう。いろんな裏道をウネウネとめぐりながら、三時半ごろ帰宅。ちょっと昼寝してから夕食、入浴。そして原稿書き。七時すぎ、文学氏から電話あり。「いま全部読み終わったんだけど、いや??面白いよ!! これならどんな人にも安心して勧められるヨ! 最初から君に全部まかせとけばよかったんだネエ!」と興奮した声で。氏というのは計算したオベンチャラというのは使わない人なので(逆に、不快に感じると、それが誰であろうと露骨に不機嫌な顔をする)、「気に入った」というのは多分本心からの言葉なんだろう。ホッとする。
 文学氏は『薔薇族』創刊当時、「出版というのは人を大勢雇ってでっかくやるか、うちのようにムダを一切省いて一人でコツコツやるか、どちらかにしないとやっていけないものだ」というようなことを書いていたが、いまでは前者の方法論は成り立ちにくくなっている。たとえば、『デラベッピン』などのグラビアマガジンであれだけ羽振りのよかった英知(えいち)出版も先月倒産したらしいし。英知といえば、復刊『薔薇族』の発行元だったメディアソフトは、英知とは一文字ちがいでパッと見そっくりな「英和(えいわ)出版」の子会社なのだが、行く先々で「へー、英知さんがゲイ雑誌を出されるんですか」と勘違いされ、「いえ、英知ではなく英和です」と訂正するのが大変だった。しかしこれで、そういう苦労もなくなるであろう(笑)。今度の『薔薇族』は、企画・編集・執筆・デザイン・DTP・進行管理をオレが、akaboshiくんのアシストを頼みながら単独で(しかもノーギャラで!)やっているという異例中の異例体制(今回コミックエッセイを寄せてくださったソルボンヌK子先生もロハである)だからやれているわけだが、出版界もいよいよマトモなやり方では生き残っていけなくなっているのかもしれない。
 零時ごろまで仕事して就寝。早く『薔薇族』の入稿を済ませて楽になりたいもんであるよオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:07:34|
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十二年目の交代とオネエの日?

4月4日(水)

七時起床。泉下の下条正己さんが驚きそうなニュースがひとつ。
【「新装ウルルン」松尾スズキが案内人………………タレントが海外でホームステイする人気番組「世界ウルルン滞在記」が、4月15日から大幅リニューアルされることになった。ナレーションはユニークな語り口で人気だった下條アトムから、俳優の松尾スズキに引き継がれ、タイトルも「世界ウルルン滞在記ルネサンス」に変更。「出会ウ」「見ル」「泊まル」「体験(たいけン)」をコンセプトとして、95年4月から12年間続いてきた長寿番組の「ウルルン」。タレントらの涙あり、笑いありの海外生活を彩ってきたのが「出会ったぁ?」などでおなじみの下條の個性あふれるナレーションだ。
今回丸12年を迎え番組を大幅リニューアルするにあたり、白羽の矢が立ったのが舞台や映画で活躍する松尾で、番組の石原徹プロデューサーは「VTRをより興味深く見ていただくために、多彩な声を持ち、若い人にも人気のある松尾さんにお願いしました」と説明。「下條さんは温かみのある声ですが、松尾さんはぶっきらぼうだけど味のある声。印象がガラッと変わります」と語っている。松尾はプロフィルの特技に「ナレーション」と書くほどの“ナレーション好き”で、新たな「ウルルン」の世界を作りあげる。】
「●●がァァァァァ……××とォォォォォォ……出逢ったァァァァァ……」というアトム氏の独特の節回しが名物だったウルルンだけに(というか、あれこそがウルルンだという認識かも)、今回の決断はずいぶんな冒険である。果たして吉と出るか、凶と出るか。ちなみにもうひとりのナレーター、富永み?なはどうなるの?
 本日も朝から夕方まで出仕事。昼休み、女性週刊誌をみたら「4月4日はオネエの日よ!」なんて題してIKKOの特集グラビアを組んでいた。いまだにこの手の記事を載せて嬉々としている週刊誌のレベルに「あ?あ」となるが、しかしそれは、そういう記事を読んで喜ぶ読者が少なからずいるということだからなぁ。ひとつ言わせてもらえば、昼飯どきに「IKKO愛用ランジェリー写真」なんて見たくなかったであります隊長! ごっついおっさんのフリル付きパンツ見せられてもねぇ……(笑)。
 夕方、雷雨。それも冷たい。先週末は夏だったのに、季節は一気に冬に逆戻りである。六時帰宅。伊藤文学氏から留守電が入っていたのでかけ直し、明日訪問することを約す。入浴して原稿書き。『バディ』より連載原稿のゲラFAXあり。零時ごろまでやって就寝。四月四日はオカマの日、とか誰が最初に言い出したんだろ? と気になるオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:06:19|
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可愛い弁護士と美少女戦麗舞

4月3日(火)

 八時起床。今週からリニューアルされた「スーパーモーニング」を観ると、コメンテーター席にちょっと可愛いボーヤがいるので「誰だろ」と思ったら、ヤミ金対策に特化した営業で最近頭角をあらわしだしたヤリ手の弁護士なんだという(出戻り新司会の赤江珠緒にも「こんなかわいい顔をしていますが」とチャカされていた)。タレント弁護士界に、また新たなアイドル誕生か?(橋下弁護士もちょっと新鮮さに薄れてきたしな)
 午前中は、連日の忙殺スケジュールのせいでたまりにたまっていた雑用をこなす。昼ごろから『薔薇族』のDTP作業(主に、ヤマジュン原稿のチンチン部分のモザイク修正。文学氏は「無修正でいいヨ」というが、あのひとは局部をものすごくリアルに描き込む人なんでモロに出したら委託販売店が扱ってくれない)。途中、上川あや事務所に、七日の伊藤文学氏の邪宗門トークライブに関するお願いと問合せのメールを出す。
 五時半からは新番組『美少女戦麗舞(せれぶ)パンシャーヌ』。『美少女仮面ポワトリン』のオマージュ的作品で、脚本もおなじ浦沢義雄なのだが、まず制作が東映でないのがマズイ。「冷や奴になるのが夢だった豆腐が、湯豆腐にされてしまったことに怒って祟る」みたいな話が当たり前に出てくる浦沢ワールドを的確に映像化できるのは、やはり映画黄金期にコートームケーな娯楽作品を大量生産してきた実績とノウハウをもつ東映でなくてはダメなのではないか? なんというか、映像に奥行きがなく、ビデオ安売り王(この社名を知ってる層もだんだん減ってきた)あたりが作った安っぽいVシネマを見せられている感じである。というか、それ以前にそもそも浦沢ワールドが現代の子どもたちに受け入れられるのか、という問題もある。『ロボット8ちゃん』以来、オレたちの世代は氏の「子どもにおもねない子ども番組」を楽しんできたが、いまの子どもたちにそれが理解できるかは多分に疑問である。十年ほど前、やはりテレビ東京で「タイムボカンシリーズ、久々の新作!」という触れ込みで『怪盗きらめきマン』というのが放送されたが、やはりあまり受け入れられなかった。監督、メイン声優、ちりばめられたギャグ、どれも以前の流れを律儀に踏襲していたのだが、それらがすべて裏目に出た感じで、たぶん往年のファン以外にはウケなかったんだと思う。不思議コメディシリーズ最終作『有言実行三姉妹シュシュトリアン』から十四年を経て復活した浦沢ヒロイン、果たして「黄金時代再び」となるか、はたまた「きらめきマン」と同じ轍をふむか。
 作業、八時すぎまで。あわてて支度して、東中野・石坂わたる事務所。投票日までの運動スケジュールのすりあわせであるが、詳細はオフレコ。夜だし、ミーティングだけだからいいか、と思ってイーカゲンな恰好で行ったら、メンバーのNくんから「狩都さんがジーパン穿いてるのをはじめて見ました」と目ざとく指摘されてしまう。うー、どんな場合でも、やっぱりパブリックイメージは遵守しないとイカンですな。十一時すぎまでやってお開き。某氏と某件について立ち話したあと、いつの間にか降り出した小雨の中、零時ちょっと前に帰宅。あわただしく入浴して一時頃就寝。あー、あわただしいなぁオレの最近の日々。
  1. 2007/04/04(水) 20:06:57|
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お笑い選挙とおもろい一家

4月2日(月)

 七時起床。本日も朝から夕方まで出仕事。ネットにこんな抱腹絶倒ニュース。
【横浜市議候補が過去に経歴詐称、共産が活動取りやめ………………日本共産党神奈川県委員会は1日、過去に虚偽の資格や学歴を書いた名刺や年賀状を配ったとして、横浜市議選泉区選挙区に立候補した同党公認の新人、坂本利恵候補(54)の選挙活動を取りやめたと発表した。公職選挙法では立候補の辞退は告示日しかできず、党県委は、「本人は選挙活動を一切行わず、当選しても辞職する」と説明した。党県委によると、坂本候補は長女の通う県立高校のPTA役員だった2001年ごろ、資格がないにもかかわらず、弁護士、司法書士と印刷した名刺や年賀状を配布。名刺には、早稲田大学法学部卒と刷り込んでいたが、実際は県立横須賀高校中退だった。他党が、虚偽を指摘する質問状を送ったことから、党県委が坂本候補に確認し、同候補も認めた。党県委は1日から、坂本候補の選挙活動を中止、ポスターもはがし始めた。今回の市議選の届け出に際しては虚偽はなかったという。】
「早大法学部卒、弁護士、司法書士」と「高校中退」のギャップにまず笑ってしまった。まるで「ミス町内会」を「ミスユニバース」にするくらいの誇張だね。なんでそんな大胆な(かつ、すぐバレるような)ウソをついたのか、事情と心理を詳しく知りたいところである。所信内容をふくめて虚偽のまったくない候補者などは多分いなかろうが、調べてわかってしまうようなホラはいけません。
【セッチー謎の勝利宣言 突然舞台に立ち激白………………狂言師・和泉元彌(32)の母で、都内の自宅兼事務所が国税局などに差し押さえられる騒動の渦中にいる和泉節子さん(64)が1日、沖縄・浦添市の国立劇場おきなわで行われた「第2回沖縄狂言の会」で突然舞台に立ち一連の問題について激白した。この日は630の客席の半数が埋まる入り。節子さんがステージに登場するとどよめきが。差し押さえの原因の追徴課税について「1億、何億とか言われてますが、今税理士さんと粛々とやらせていただいてる。これからも沖縄に来られるよう応援して下さい」と呼びかけた。また「(報道陣とは)撮られないようにするかどうかのゲーム。今のところ、マスコミの前ではしゃべってないので勝ってますね」と謎の“ゲーム勝ち負け論”を展開。「鬼母、猛女と呼ばれてましたけど、今は守銭奴みたい。でもお金を拾って歩いてる訳じゃありません」と“セッチー節”をさく裂させた。一方で、この日、出演料の出る地元ラジオにも生出演した。「税務署からの差し押さえはなく、普通に生活している。経費の問題で異議申し立てをしている。不正はしておりません」と持論をまくし立てていた。】
 元彌の女房の羽野晶記が女優復帰して稼げば済むだけの話じゃん、というのが世間のおおかたの論調で、オレも同感なのだが、たぶん名誉とやらを何よりも重んじるあの家の方々は絶対そんなことはしないんだろうなぁ。元彌よりも羽野のほうが演者としてははるかに華があるし、必要性も高いんだが。
 六時帰宅。早々に入浴を済ませ、『薔薇族』のDTP作業(めんどくさいので夕飯はパス)。一時までやって就寝。自身の肉体的キャパを考えないとなオレ。
  1. 2007/04/04(水) 20:06:19|
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花見と真夏日

4月1日(日)

 九時起床。メールチェックすると、八王子のSTREAMから花見のご招待。一時に店集合、とのことで果たして間に合うのか非常にビミョーだったのだが、なんとか十一時に締切りギリギリだった「桃色encount」コラム二本、アップできたのでなんとか間に合った。今日は別口からもお花見のお誘いがあったのだが、八王子ではちょっと話しておかなければならないことがあったので、こちらに行かせてもらうことにする。京王新宿駅からちょうど準特急に乗れたので十二時半前に八王子に到着。繁華街を早足でめぐって何か差し入れになるものは……と探したら苺があったので四パックほど買ってから店のほうへ。
 参加者が揃ったところで会場である河川敷まで徒歩にて移動。昨年は手押し車にあれこれ積んで押していったのだが、今年は荷物はクルマで運んでくれたのでずいぶんと楽になった。皆でもちよった弁当などをひろげると、もう三倍くらいの人数がいないと食べ切れないほどの量に。そしてSTREAMも苺(オレがあわてて買ったのよりはるかに大きくて美味なもの)を用意してきてくれていて、「あー、べつのものにしとけばよかった……」と後悔しきり。宴会はおおいに盛り上がり、陽が高いうちはホントに暑いくらいだったのだが、わが郷里はさらに上をいく暑さだった模様。
【静岡で全国初の「真夏日」=31.8度、4月の最高気温も更新………………静岡市で1日、最高気温が30度を超え、全国で初めて、今年の真夏日となった。気象庁によると、同市清水区にある地域気象観測システム(アメダス)が同日午後零時半、設置された1978年以来、4月としては最高の31.8度を観測した。静岡地方気象台(同市駿河区)でも同零時49分に30.7度を観測した。また、静岡県三島市の三島特別地域気象観測所では同零時33分に28.7度を観測。統計を取り始めた31年以来の4月の最高気温だった。】
 静岡市というのは四季を通じて温暖な、冬でも雪の降ることのない土地柄で、ごく稀に風花が舞ってくるだけでも子どもたちが狂喜乱舞するようなところなのだが、しかし四月に真夏日というのはちょっとイキすぎである。今後どうなっていくのやら。どうでもいいが、清水市が静岡市との合併による降格で誕生した「清水区」というのにはオレはいまだに馴染み切れない。なんか「ミミズク」みたいじやん(笑)。さくらももこや柴田恭兵などの旧清水市出身者はどう思っているのだろう?
 五時すぎにお開きとなり、いったんSTREAMに戻ってから、六時半に辞去。八時帰宅。入浴し、『薔薇族』DTPの続きにかかる。ネットにこんなニュース。
【街頭演説「うるさい」運動員に頭突き、名古屋で男逮捕………………1日午前8時5分ごろ、名古屋市熱田区大宝の路上で、愛知県議選の街頭演説をしていた男性候補に向かい、男が「マイクを使うな。うるさい」などと大声を出しながら近づいた。男は、制止しようとした選挙運動員の男性(65)の腹に頭突きをしたが、その場で取り押さえられ、県警熱田署が公職選挙法違反(選挙の自由妨害)で現行犯逮捕した。運動員や候補者にけがはなかった。男は同市港区、無職荒木雅人容疑者(49)。同署で詳しい動機を追及している。】
 昨日の二丁目演説会にも「交通の邪魔だ」と怒鳴っていたクレーマ?のおっちゃんがいたのだが(オレはそういう人間のほうに興味がいってしまうので、ちょっとスピーチを聴くのがおろそかになってしまった)、たしかに街頭演説などはしばしば進路妨害や騒音公害の元になりがちである。オレも選挙カーのしつこいアナウンスを聞きながら、「こいつにだけは入れないでおこう……」と思ったことは数しれずだし(笑)。
 零時すぎまで作業してから就寝。いつまで続くのだ? オレのせせこましい日々。
  1. 2007/04/04(水) 20:05:37|
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徹夜明けとややこしい話

3月31日(土)

 九時起床。締め切りの迫っている「桃色encount」用原稿、書けるところまで書いてからあわただしく中野へ。なかのZEROの石坂わたるくんの学習会を覗くためであるが、ろくに寝ないでバタバタと仕事などしていたせいか時間を勘違いし、一時間早く来てしまった。ま、いいか、と地階にある図書館で時間をつぶすことに。一時半より会に参加。行くと、「桃色encount」のもうひとりの執筆者、まーこがいてビックリ。
 四時半、ほかの参加者といっしょに東中野の石坂事務所へ。一時間ほど時間をつぶしてから、新宿へ。今夜は二丁目で、石坂・尾辻かな子・上川あやというセクシャルマイノリティ三候補の合同スピーチ会があるのだ。今日の目玉は話題の人、浅野史郎東京都知事候補が二丁目まで来て話す、というもの。市民運動系の人々は浅野待望論をあちこちでぶちあげているが、マスコミの論調はいぜん「石原強し」。果たしてゲイ票はどのように動くのか、ゲイ層があなどれない票田である、ということを世間に知らしめる結果となるのか、今後のこともあるのでちょっと気になる話である。それはさておき、「あ、誰だかユーメージンいるじゃん! 見にいこ!」と言いながら浅野氏に駆け寄っていったグループがあって、「おー。これぞ王道的日本人!」とちょっと嬉しくなったネ(笑)。
 演説会のあと、今日が正式なオープンだという尾辻かな子事務所へお邪魔。司会をつとめたエスムラルダさんから「今日のスピーチ、カルトさん的にはいかがでした?」と話しかけられ、ちょっと感想を述べさせていただく。「ちゃんとお話したのはこれが初めてでしたよね」と言われ、あ、確かにそうだ、と。今後ともよろしくお願い致します、と名刺を渡させていただく。
 そのあとは、石坂後援会のミーティングに合流して、ビッグスビル地階の「うおや一丁」へ。ラストオーダーぎりぎりのところで飛び込んだわりには皆ものすごい量を注文し、「……これだけホントに飲み食いできるんだろうか?」と不安になっていたのだが、案の定、半分近くが手付かずのまま、「すみません、そろそろビルの閉館時間が迫っておりますので……」と追い出しにかかられてしまった。もったいねー! やむなく折り詰め容器をもらって持ち帰ることに。「入れ物ちょーだい」とこちらサイドが要求した際の店員のネーチャンの絶句具合と凍り付いた表情(こんなセコイ客みたことねー、と言下に語っていた)は、たぶん死ぬまで忘れないだろうなぁ、オレは(笑)。
 十一時すぎにいったん解散するも、オレと若干名は某所へ出向き、ちょっとややこしい話を一時半まで。結局、進展はないまま。帰宅して、うがいと歯磨きのみして二時就寝。こんなせせこましい一日は久しぶりですオレ。
  1. 2007/04/04(水) 20:04:59|
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ヤマジュン生原稿と森茉莉の聖地

3月30日(金)

 六時起床。ギリギリまで原稿を書いて、九時、歯医者へ。雨が少々。しかし予報によると昼前には上がるという。もどって(帰りにはもう降っていなかった)文学氏への今日の原稿取りの確認電話。オッケーだというので十時半、家を出て、徒歩にて下北沢まで。
 伊藤邸で、四本あるヤマジュン未発表作品のどれをまず掲載するか相談しながら世間話あれこれ(ソルボンヌK子先生が「アナタとガマンしてつきあってくれるのは伊藤さんくらいなんだから!」と言っていた話をすると、アッハッハッと。まぁ、お互いさまということで(笑))。小一時間話したあと、「お昼を食べてから、ちょっと花見にいこう」と誘われ、お供することに。以前のお宅の近くにあったラーメン屋さんに入ると、奥さんとお孫さんがいらした。「いっしょに桜のところで写真を撮ろうヨ」とお孫さんを誘うも、「いま行ってきたから、もういい!」と一蹴。おじいちゃんてのはおばあちゃんほどに孫には人気がなく、どこでも寂しいもんです(笑)。
 店を出て、住宅街のど真ん中にある桜エリアへ。淡島から環七まで、下北を横切ってながれる小川をはさんで延々と桜並木が続いているのだが、イヤハヤそのノドカで叙情的なことよ。思わず「春の小川」をくちずさんでしまった。もっとも、「は?るの?おが?わ?の?す?み?だ?が?わ?」と「春」の歌詞と混同してしまい、情緒がホントに欠落してるのが丸わかり(笑)。途中、「あれが中島みゆきの家。あっちには、なべおさみのもあるヨ」と文学氏がガイドしてくれたが、中島みゆきとなべおさみが隣組の間柄であるなんぞと初めて知った。
 散策のあとは、喫茶“邪宗門”(http://homepage3.nifty.com/jashumon-setagaya/)へ。森茉莉さんが毎日来ていた店として有名、というか森茉莉ファンの聖地のようなところなのだが、今日はゆっくりと、全国から聖地詣でに来た人々のメッセージノートを拝見できた。四月七日(土)に同店で開く予定の、性同一性障害の世田谷区義・上川あやさんとのトークライブ(17:00?)の件でもあれこれ。「どこに座ってやるのがいいかねぇ」「会費はコーヒー代込みで千円でどうだろう」と、話す。となりのボックスに座っていた、上から下までびしっとキメたダンディな老紳士、じつは秋葉原の某大電機量販店の会長サンだと聞いて「へーっ」と。かの植草甚一翁もそうだったが、小田急線沿線にはイカしたジーチャンがけっこういるんである。
 三時半ごろまで話したあと、お宅の前で別れ、徒歩にて環七をのぼる。途中、櫻田宗久くんからケータイに電話あり。方南町のブックオフをちょっと覗いたあと、丸の内線に乗って帰途に。五時帰宅。ネットのぞくとこんな芸能ニュース。
【TOKIO山口、ファイト?一発!………………「ファイト一発!」でおなじみの大正製薬リポビタンDのテレビCM。今年で発売45年、テレビCM30周年を迎え、4月からの新キャラクターの発表会が29日、東京都豊島区の同社で行われた。新キャラクターには現在出演中のケイン・コスギ(32)とタレントの山口達也(35)を起用。「子供のころから見ていた歴史のあるCMで、自分が起用されたのは純粋にうれしいです」と、山口は喜びいっぱいだった。“先輩”のケインも「元気が出るCM。これまで9年やっているが、山口さんを見て刺激になった。学ぶことも多いし、これからも楽しく、いろいろなスポーツに挑戦したい」と、語った。】
 山口達也といえば伝説のホモドラマ『同窓会』であるが、そこでの相手役・西村和彦もまたかつては「ファイト一発」をやっていたっけ。いっそ西村とコンビでやればいいのに、と思わないこともないが、しかしそれだとファイトではない別の「一発」を連想してしまったダメか(笑)。
 入浴して六時ごろから仕事。郵送されてきていた文学氏のエッセイなどを入力し、レイアウトに割り付け。さらにヤマジュン原稿を一枚々々スキャンして修正し、セリフを打っては貼り込む……という単純作業の繰り返し。しかし修正の跡なども生々しい生原稿を雑誌のページへと仕上げていく工程はなかなか楽しく、止まらなくなってしまう。結果、「朝まで生テレビ」(日中同時生中継で、かの国とわが国の大学生の意見交換などを。中国のお方たちの自己主張の激しさにはただただ圧倒され、同時通訳の女性は、脳の血管ぶち切れて死ぬんじゃないか、と本気で心配になった。早口言葉を何時間も繰り返すような感じなんである。猫だったらたぶん途中で力つきて死ぬんじゃないか、と思われるほどのエネルギーを塚つたに違いない)を最後までリアルタイムで観てしまう、という人生はじめての経験をした(笑)。このままではキリがないから、とほどほどのところで切り上げて五時に就寝。徹夜仕事というのは決して効率のいいことできないからオレはフツーやらないんだけどね。
  1. 2007/04/04(水) 20:04:15|
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ビックリとワケあって

3月29日(木)

 七時起床。パソコン起ち上げると、あっと驚くようなメールが来ていてあっと驚いた。あわてて連絡すると、どうやら書かれていた通りのようらしい。もはやどうにもならず、メールの主もどうするつもりもないようなので、こちらは静観するしかない。うーむ……。
 夕方までずっと原稿書き。途中、伊藤文学氏から「ヤマジュン原稿が戻ってきた」という報告を受けたので、明日、受け取りにいくことにする。
 六時外出。今日は「石坂わたると多様性のある中野を作る会」の夜桜見物。外部の方々もたくさんいらしてくださる予定である。天気も気温も上々で、ライトアップされた東中野・神田川沿いの桜並木は、まるで作り物であるかのごとくキレイであった(なんちゅう情緒に欠けた描写であろうか、我ながら)。お誘いしたソルボンヌK子先生や神ひろしさん、先日の石坂学習会でゲストをつとめたヤヌスさんなどもいらしてくださり、たぶん半分以上が会以外の人たちであったのではないか?

(ワケあって中略)

 十一時すぎに帰宅。入浴して零時ごろ就寝。今日はワケあって疲れましたオレ。
  1. 2007/04/04(水) 20:03:32|
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無責任と訴訟ブーム

3月28日(水)

 六時起床。寝ぼけ眼でテレビをつけると、昨年末、青島幸男氏の葬儀に酸素チューブをつけて出席し、「他人の葬式に出てる場合ではないのでは?」とこの日記でも書いた植木等氏の訃報が。
【植木等さん 仲間の待つ天国へ旅立ち………………戦後の高度成長期を代表するコメディアンでクレージーキャッツのメンバー、植木等さん=本名同じ=が27日午前10時41分、呼吸不全のため都内の病院で死去した。80歳。三重県出身。本人の遺言により、近親者のみの密葬にし、来月初めにも「お別れの会」が執り行われる。所属する渡辺プロダクションによると、今月中旬に患っていた肺気腫が悪化。しばらくして意識が混濁し、入院先の病院で登美子夫人と愛娘3人にみとられて亡くなった。
 生家は浄土真宗の寺。東洋大在学中にディック・ミネにあこがれ歌手を目指し、「クレージーキャッツ」に参加したのは57年3月。61年にチョイト一杯の つもりで飲んで――の歌いだしで愛された「スーダラ節」がヒットし、国民的人気者に。翌62年から映画「無責任シリーズ」で大ブームを巻き起こした。テレビも含めて「お呼びでない」「ハイそれまでヨ」などの名ギャグが生まれたのは、当意即妙だった植木さんだからこそ。自分を消して役になりきるため、軽薄な主人公を「相当無理して演じた」と晩年に明かした。】
 最大のヒット曲となった「スーダラ節」だが、素はきわめてカタブツだったご当人は「こんな歌をうたったらオレの人生は終わるんじゃないか」と当初は難色を示したらしい。しかし僧侶であった御尊父から「“わかっちゃいるけどやめられない”というのは親鸞聖人の教えにも通ずる仏教の真理である」と諭され、やってみることにしたのだとか。ちなみに、このエピソードを伝えた女性アナウンサーは、親鸞聖人(しんらんしょうにん)のことを「しんらんせいじん」と、まるで宇宙人のように呼んでいて笑った々々々。局アナ時代の有賀さつきの「旧中山道(きゅうちゅうさんどう)」を思い出したなぁ(笑)。ちなみにオレは植木さんといえば、「無責任」よりも「クレージー」よりも「ハングマン」よりも、テレビ洋画シリーズ『猿の惑星・逃亡者人間』の親“人”派チンパンジー(主人公の宇宙飛行士コンビの逃亡の旅に同行する味方猿)、ゲーランの吹き替えがなぜだか印象的である。とにもかくにも、高度成長時代のシンボル的人物が、またひとり墜ちた。昭和期を愛する者としては残念な限りである。合掌。
 本日も朝から夕方まで出仕事。ネットにこんなニュース。
【角川春樹氏 盗作訴訟「100%勝つ」………………映画「蒼き狼 地果て海尽きるまで」をめぐり、制作準備委員会事務局長から製作権を侵害されたとして1億5000万円の損害賠償訴訟を起こされた角川春樹事務所の角川春樹氏(65)が25日、法廷に持ち込まれた製作トラブルに対して強気な姿勢を見せた。原告側は企画の盗用を主張しているが、都内で「蒼き-」に出演した韓国人女優・Araのイベントに出席した角川氏は「問題ない。100%、勝つ。逆に告訴して賠償を取ろうと思っている」と鼻息が荒かった。】
 創作に関連したトラブルが最近はホントに多いなぁ。すべてに共通しているのは、やたらキョーレツな個性を持ったオジサンがからんでいる、ということである(笑)。筋の通っている人もいれば、それはちょっとどうなんだ? と言いたくなるような人もいるけれど、しかしまぁ、オジサンが元気なのは悪いことではない。バカな若造どもをつけあがらせないためにも、ジジイたちは遠慮なんかせずにドシドシ説教をたれるべし! 若い人間たちから好かれたい、なんて思ったら、その時点で人間はもうおしまいなのだ。オヤジは偏屈でナンボのショーバイである。
 オヤジの話題に続いては、オバチャンの話題も。
【池波志乃、本出版記念トーク&サイン会!芸能界復帰なし………………元女優の池波志乃さん(52)が27日、東京・丸善丸の内本店で自著「食物のある風景」(徳間書店)の刊行記念トーク&サイン会を夫で俳優、中尾彬(64)と行った。女優の仕事をやめて12年たつ池波さんは、現在沖縄中心の生活で、執筆活動を積極的に行っており、「この本は食べ物を通じて生まれ育った東京・谷中の話や、これまでの芸能活動、また人との出会いを書きました」。芸能界復帰はないことも付け加えた。また今回、表紙の題字をノーギャラ?で任され、常に愛妻料理を堪能している中尾は「芝居よりも料理の方が上手い」と夫婦仲の良いところを見せていた。】
 先週末、TBSの土曜朝ワイド『知っとこ!』を観たら、レギュラーの中尾彬の隣に池波さんがいてタマゲタ。すわ女優復帰か!? と思ったら、たんに本の宣伝だったわけだが、『時間ですよ昭和元年』ではじめて存在を知って以来、けっこう好きなヒトだった。だから、女優廃業(中尾が「もう、このくらいまででいいんじゃないか」と引退を勧めたそうだが……)はもったいないなぁ、とオレは今でも思っている。
 六時帰宅。伊藤文学氏より留守電が入っていたので電話すると、『薔薇族』用のエッセイと後記が書き上がったので郵送する、とのこと。また、某社にしばらく預けていた幻のホモ劇画家“ヤマジュン”こと山川純一の雑誌未発表原稿もじきに手元に戻ってる、と。大きな難関をようやくクリアできたか、と安堵する。安心したせいか、はたまたここ最近の疲れが出たのか、九時をすぎたあたりからモーレツに眠くなり、十時前には就寝。オレも無理のききにくい歳になりました。
  1. 2007/04/04(水) 20:02:40|
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