本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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都知事選と学習会

4月8日(日)

 六時半起床。雑用アレコレこなしたあと、十時外出。都知事選の投票をすませた足で、とある資料を探しに池袋・要町・江古田方面までウォーキング。途中、いくつもの投票所の前を通ったのだが、およそ選挙なんていうものには似つかわしくないような人々(と言っては失礼だが)、たとえばジャージ上下のヤンキー夫婦みたいなのがずいぶんと見受けられ、この選挙の社会的関心の高さがうかがえた。江古田に着いたころに、A社のN記者よりケータイに着信あり。少々話す。
 中野まで歩いてJRで帰途に。二時帰宅。重いものを色々買ったせいで汗だくとなったので、シャワーを浴びる。今年はじめてだな、こういうパターン。上がって、途中で買った牛スジ煮込みをおかずに昼食。そのあと『桃色encount』の原稿書き。終えて、昨日文学氏からあずかった『薔薇族』の朱入れ部分のデータ訂正。済ませたものをMOに落としていたら、あっという間に五時半すぎ。あわてて支度し、ふたたび中野。なかのZEROで開かれる石坂わたるくんの勉強会へ。しかし、会場に着いて部屋割り表を見ても「石坂わたる」の文字がない(代わりにアニメ研究サークルの老舗である「アニドウ」の集会告知があったが)。あれ???? と思っていると、石坂くんサポーターのNくんがやってきて、手違いで料金支払いが前日までにされなかったせいで自動キャンセルされてしまったんだという。和泉●禰かよ!? と思わずツッコミたくなってしまった(笑)。さいわい別の部屋がとれたそうで、石坂くんのお母さんのモモさんが手続きをしてことなきをえた。
 結局いつもの部屋に落ち着いたのだが、今夜はスタッフも二人、参加者も四人とやや寂しく、どうなることかとハラハラしたが、Nくんの機転でその小規模性をプラスに転じることができた。要するに、テーブルを囲んで車座になり、候補者と有権者が至近距離で対面しながら意見交換できるようにしたのである。おかげで、小規模ながら濃密で内容のある会となった。石坂くんもいつになく意欲的で気合いが入っており、「自分の思いを伝えたい!」という姿勢がよく見えた。そのため彼の話が途切れそうになったときにはこちらも気持ちよく助け舟をだすことができたのであった。
 九時半終了。会場前で石坂くんと別れ、モモさんやスタッフのNちゃんと中野駅まで歩く。Nちゃんから「石原慎太郎当確」と聞き、「あぁ、やっぱり……」と嘆息。JR経由で十時帰宅。テレビをつけると、喜色満面のシンタローが。
【「ソフト路線」で逆風かわす=自民に「借り」、都政に変化も?都知事3選の石原氏………………8日の東京都知事選で3選を果たした石原慎太郎氏は、高額出張をはじめとした「都政私物化」問題で批判を浴びる中、反省姿勢を前面に出す「ソフト路線」を徹底、逆風をはね返した。自ら「最後だと思う」と認める選挙だったが、改めて高い人気を見せ付けた。ただ選挙戦で推薦候補並みの支援を受けた自民党に「借り」をつくった形となり、3期目の都政運営では都議会に配慮する場面が増えそうだ。都の文化事業への石原氏四男の関与など、昨秋から吹き出した一連の問題に危機感を募らせた石原氏は、選挙戦でいつもの「こわもて」ぶりを封印。「説明が足りず誤解を招いた」と反省の弁を繰り返す半面、ディーゼル車排ガス規制といった実績を前面に出し、反石原ムードの広がりを最小限に抑えることに成功した。また、無党派層を意識し、自民党の推薦を辞退する一方、予想以上の逆風に組織戦を進める必要があると判断。自民、公明両党に実質的な支援を求めた。このため3期目は、自民を中心とした議会側の意向を聞く場面が増えることが予想され、「トップダウン」「独断」との評がある「石原流」都政運営にも変化が見られそうだ。】
 マスコミが皆「石原有利」の論調を通したことで有権者が暗示にかけられた、という見方もあるが、しかし結局、都民の多くは石原都政に決定的な不信感を抱いていなかったということだ。そのまんま東は、宮崎県民のしがらみだらけの県政への不信感を追風にしてみごと勝利を勝ち取ったわけだが、東京都民はブツブツと文句はいいながらも、絶対的な「アンチ石原感」というのは持っていなかったのである。これは土着性の強い「地方」と、流れ者が大半を占めている「首都」との政治意識の差(自分の土地、という意識の強弱差)というのが顕著になったのかもしれない。いずれにしても、もう一期、あのオヤジのマバタキ(あれはチック症だよな)を見続けなければならないわけか。ハァ……。
 入浴し、零時就寝。少数派の声、まだまだ世間を動かすには至らず、と改めて知ったかなオレ。
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  1. 2007/04/09(月) 19:10:23|
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桜餅とトーク司会

4月7日(土)

 七時起床。雑用アレコレこなしてから、一時半ごろ外出。本日はオレが進行役をつとめるイベント「伊藤文学VS上川あやトークライブIN邪宗門」である。笹塚の商店街を通り抜けていると、和菓子屋の前に石坂わたるサポーターの大学生・Mくんがいたので「よぉ、御苦労さん」と声をかけると、「いやー、桜餅うまそうだな、と思って見てたンすよ」と(笑)。チラシのポスティングの最中なので、「ま、がんばって」と別れたが、その直後、「あ。桜餅くらい買ってやればよかった」と気づいて激しく自己嫌悪。うー、オレはなんて気の利かないオトナなんだろうか、と。
 三時、文学邸到着。朱入れの済んだ刷り出しを受け取っていると、ほどなくakaboshiくんも来る。「ちょっと早いが、ぼちぼち行ってようか」と文学氏が言ったので、邪宗門へむかう。文学氏の足が痛むというので近いがタクシーで。奥の部屋で待機していると、大阪からやってきたというお客第一号の方が。最初は全然わからなかったのだが、十五分ほどしてハタと、その人が尾辻かな子さん関連の催しで知り合った人物であることに気づく。居酒屋で酒まで呑んだというのに、我ながらなんと優れた忘却力であろうか、と感心す(いや、感心してる場合じゃないが)。
 トーク会には十人以上もの方がやってきて、なかなかの盛況ぶりであった。これより多くても少なくても良くなかった、という人数。文学氏は例によって「キミは司会のくせして自分で喋りすぎダヨ」という目をしていたが、あくまでも雑誌掲載を前提とした対談なので、オレが舵取りをしていかないと後々困るのである。たとえ憎まれても役割は果たさねば。
 七時すぎ、会はぶじ終わり、文学氏の提案で、元社屋の近くにあったラーメン屋で全員で夕食。文学氏が太っ腹にも御馳走してくださった。出ると、外はそこそこの雨。この天気の変わり具合、日本はいよいよ亜熱帯になってるんだなぁ。上川さん一行はタクシーで帰り、オレとakaboshiくん、知人のKくんは折り畳み傘に三人で入って(完全な気休めだが)下北沢駅まで。逆方面のKくんと別れ、akaboshiくんと新宿まで。駅で別れ、九時半帰宅。入浴し、読書など少々。
 録画しておいた今日スタートの竹宮恵子原作のアニメ『地球へ…』を見る。劇場版アニメが封切られたのは、オレが高校進学の年、八十年だったから、四半世紀以上をへてのリメイクということか。あの映画版は、井上純一、志垣太郎、沖雅也、秋吉久美子、薬師丸ひろ子、岸田今日子といった顔出し俳優がメインの声優をつとめたのだが(最近のジブリアニメの元祖的試みだな)、やっばり勝手が違うのか、見ていてイタかった。とくに秋吉久美子が(笑)。オレは初めて劇場内で「ヘタクソ……」という観客の怒りとも哀しみとも哀れみともとれる声を聞いたぞ(笑)。
 零時ごろ就寝。ま、なかなかに独創的で面白い対談は収録できたろうさ、と安堵するオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:08:47|
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歯医者一段落と久々の中目黒

4月6日(金)

 七時起床。雑用のあと、九時、歯医者。足かけ三カ月続いた今回の治療も、今日でとりあえず一段落。治療室に、所在なげにたたずむ女の子がいたので、この春の新人カナ? と思ったら、やっぱりそうだった。オレの担当である「江角マキコから青木さやかへのモ?フィングの途中」みたいな女医さんに細かな部分をアレコレ指示くだされ、ちょっとうろたえていたが、まー、じきに慣れるだろう。
 治療終えて、外へ出ると、天気も陽気も上々。どうしても辛抱できなくなり、中目黒方面まで古本屋めぐりをすることに。このルートは一月以来だからけっこう久々である。JRで恵比須まで出て中目黒へ。祐天寺、学芸大学と線路沿いに下ってアレコレ購入。しばらく来てなかったせいか、掘出し物が多くて嬉しい悲鳴である。徒歩にて恵比寿まで戻ってJRで帰途に。三時すぎ帰宅。原稿書きなどしてから七時半すぎ、外出。東中野にて、石坂わたる事務所の全体ミーティングに参加。十一時くらいまで。akaboshiくんと駅の前まで話しながら歩き、そこで別れる。徒歩にて帰宅。入浴して零時就寝。もう、しばらく歯医者に行かなくていいのはホントに助かるなぁオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:08:08|
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桜散歩と気に入られました

4月5日(木)

 七時起床。雑用のあと、十一時外出。ほぼ完成した『薔薇族』の刷りだしを持って、徒歩にて下北沢へむかう。途中の笹塚で古本屋を覗いていたら、akaboshiくんからケータイに着信。滞っている原稿について話す。一時、伊藤文学邸到着。「一緒にお昼を食べよう」と誘われてマンション下の食堂へ行くと、奥さんとお嫁さんとお孫さんがいらした。食べていると、「アタシ食べないから、よかったら食べて」と奥さんが、温泉卵やらお新香やらをあれこれこちらへくださる。なんだか、気さくな親戚の家に遊びにきているような気分である(笑)。しかし、こういうアットホーム感覚が、『薔薇族』を世間一般の商業誌と一線画させていたのだろう、と思う。自分の家の取り壊し写真を眺めながら、「これはいい写真だなぁ」と嬉しそうに言う文学氏と、「ネ、いい写真でしょう」と胸をはるオレ。どちらもマトモな人間ではないよな(笑)。土曜日の上川あやさんのイベントの打ち合わせなども少ししたあと、二時ごろ別れる。
 あちこちに桜が開いていてとてつもなく気持ちがいいので、つい帰りも歩いてしまう。いろんな裏道をウネウネとめぐりながら、三時半ごろ帰宅。ちょっと昼寝してから夕食、入浴。そして原稿書き。七時すぎ、文学氏から電話あり。「いま全部読み終わったんだけど、いや??面白いよ!! これならどんな人にも安心して勧められるヨ! 最初から君に全部まかせとけばよかったんだネエ!」と興奮した声で。氏というのは計算したオベンチャラというのは使わない人なので(逆に、不快に感じると、それが誰であろうと露骨に不機嫌な顔をする)、「気に入った」というのは多分本心からの言葉なんだろう。ホッとする。
 文学氏は『薔薇族』創刊当時、「出版というのは人を大勢雇ってでっかくやるか、うちのようにムダを一切省いて一人でコツコツやるか、どちらかにしないとやっていけないものだ」というようなことを書いていたが、いまでは前者の方法論は成り立ちにくくなっている。たとえば、『デラベッピン』などのグラビアマガジンであれだけ羽振りのよかった英知(えいち)出版も先月倒産したらしいし。英知といえば、復刊『薔薇族』の発行元だったメディアソフトは、英知とは一文字ちがいでパッと見そっくりな「英和(えいわ)出版」の子会社なのだが、行く先々で「へー、英知さんがゲイ雑誌を出されるんですか」と勘違いされ、「いえ、英知ではなく英和です」と訂正するのが大変だった。しかしこれで、そういう苦労もなくなるであろう(笑)。今度の『薔薇族』は、企画・編集・執筆・デザイン・DTP・進行管理をオレが、akaboshiくんのアシストを頼みながら単独で(しかもノーギャラで!)やっているという異例中の異例体制(今回コミックエッセイを寄せてくださったソルボンヌK子先生もロハである)だからやれているわけだが、出版界もいよいよマトモなやり方では生き残っていけなくなっているのかもしれない。
 零時ごろまで仕事して就寝。早く『薔薇族』の入稿を済ませて楽になりたいもんであるよオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:07:34|
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十二年目の交代とオネエの日?

4月4日(水)

七時起床。泉下の下条正己さんが驚きそうなニュースがひとつ。
【「新装ウルルン」松尾スズキが案内人………………タレントが海外でホームステイする人気番組「世界ウルルン滞在記」が、4月15日から大幅リニューアルされることになった。ナレーションはユニークな語り口で人気だった下條アトムから、俳優の松尾スズキに引き継がれ、タイトルも「世界ウルルン滞在記ルネサンス」に変更。「出会ウ」「見ル」「泊まル」「体験(たいけン)」をコンセプトとして、95年4月から12年間続いてきた長寿番組の「ウルルン」。タレントらの涙あり、笑いありの海外生活を彩ってきたのが「出会ったぁ?」などでおなじみの下條の個性あふれるナレーションだ。
今回丸12年を迎え番組を大幅リニューアルするにあたり、白羽の矢が立ったのが舞台や映画で活躍する松尾で、番組の石原徹プロデューサーは「VTRをより興味深く見ていただくために、多彩な声を持ち、若い人にも人気のある松尾さんにお願いしました」と説明。「下條さんは温かみのある声ですが、松尾さんはぶっきらぼうだけど味のある声。印象がガラッと変わります」と語っている。松尾はプロフィルの特技に「ナレーション」と書くほどの“ナレーション好き”で、新たな「ウルルン」の世界を作りあげる。】
「●●がァァァァァ……××とォォォォォォ……出逢ったァァァァァ……」というアトム氏の独特の節回しが名物だったウルルンだけに(というか、あれこそがウルルンだという認識かも)、今回の決断はずいぶんな冒険である。果たして吉と出るか、凶と出るか。ちなみにもうひとりのナレーター、富永み?なはどうなるの?
 本日も朝から夕方まで出仕事。昼休み、女性週刊誌をみたら「4月4日はオネエの日よ!」なんて題してIKKOの特集グラビアを組んでいた。いまだにこの手の記事を載せて嬉々としている週刊誌のレベルに「あ?あ」となるが、しかしそれは、そういう記事を読んで喜ぶ読者が少なからずいるということだからなぁ。ひとつ言わせてもらえば、昼飯どきに「IKKO愛用ランジェリー写真」なんて見たくなかったであります隊長! ごっついおっさんのフリル付きパンツ見せられてもねぇ……(笑)。
 夕方、雷雨。それも冷たい。先週末は夏だったのに、季節は一気に冬に逆戻りである。六時帰宅。伊藤文学氏から留守電が入っていたのでかけ直し、明日訪問することを約す。入浴して原稿書き。『バディ』より連載原稿のゲラFAXあり。零時ごろまでやって就寝。四月四日はオカマの日、とか誰が最初に言い出したんだろ? と気になるオレ。
  1. 2007/04/09(月) 19:06:19|
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