本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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ウォーキング日和とシャンソンライブ

5月20日(日)

 6時起床。「談志・陣平言いたい放題」再放送を観ながら原稿書き。コラム1本書いてから10時半外出。からっとした晴天のもと、下北沢までウォーキング。正午すぎに伊藤文学氏邸へ着くも、留守のようなので近くの公園で時間つぶし。30分ほどして再度でむくと、ちょうど文学氏が帰ってきたところだった。お宅でちょっと話したあと(某社より、過去の『薔薇族』掲載小説の単行本化に関するオファーがあったそうなので、受けるのならば契約書をきちんと取り交わしてください、と念押し。その他、ネット会社から今回の自力復刊版のコンテンツのweb公開のオファーもあったそうだが、これは「断ってください」とキッパリ)、近くのソバ屋へ行って昼食。2時すぎ、タクシーで渋谷へ。今日は、昨年京王プラザホテルで開かれた「伊藤文学を励ます会」で知り合ったシャンソン歌手の今里哲さん(http://www55.tok2.com/home/tetsu/)の定例ライブにお邪魔するのだ。
 会場は、美しい新緑にかこまれた隠れ家的エリア(青葉台、とはよくぞつけられた地名である)の小さなライブハウス。以前は自転車でしょっちゅう通っていたあたりだが、こんなところがあったのは知らなかった。入ると今里さんが迎えてくださり、「本はちゃんと持ってきてくださったかしら?」とあちらから催促していただいた。『薔薇族』を10册も引き受けてくださって、有難し。3時開演。客数は10人程度と少なかったが、アットホームでなかなか良い雰囲気ではある。大ホールでの仕事もあれこれこなされている今里さんだが、こういうステージも大切にしたい、という思いから採算とは関係のないところで続けておられるんだそうだ。後半にうたった「ヨイトマケの唄」が、本家である美輪御大に引けをとらないなかなかのもの。文学氏は「美輪さんよりもイイんじゃないの?」と。個人的にはデジタルカメラを構える文学氏の姿というのはなかなか見ものであった(笑)。5時終演。今里さんが、ご自分がいただいた薔薇の花束を「ぜひ奥様に」と文学氏に託してくださったので、ありがたく頂戴して、タクシーで再び下北沢へもどる。
 半ごろにマンション前で別れ、徒歩にて帰途に。だいぶ涼しくなってはきたが、しかし歩いていると寒くはない。1時間強で帰宅。入浴し、原稿書き。10時ごろまでやって終了。12時前に就寝。シャンソンは、たまにしか聴けないがやっぱり好きだなぁオレ。
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  1. 2007/05/21(月) 18:19:06|
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ショックな訃報とやたら眠い

5月19日(土)

 11時半起床。正午ごろ、akaboshiくん帰る。シャワー浴びてネットを覗くと、こんなショッキングなニュース。
【がんと闘い49年 塩沢ときさん死去………………独特の髪形とトークでバラエティー番組などでも活躍した女優でタレントの塩沢とき(しおざわ・とき、本名・塩沢登代路=しおざわ・とよじ)さんが17日午前3時23分、スキルス胃がんのため都内の病院で死去した。79歳。葬儀は、すでに近親者のみで済ませた。塩沢さんは、30歳で舌がんを患ったのをはじめ、2度の乳がんを経験するなど、がんと闘いながらの芸能人生だった。
 所属事務所によると、塩沢さんは、06年4月スキルス胃がんが見つかり入院。がんは肺などに転移しており、右肺を切除する手術も受けた。同年10月に、一度は退院したが、転移が見つかり今年2月に再入院した。生涯独身で親族にも先立たれていた塩沢さんは、担当マネジャーに最期をみとられ、帰らぬ人となった。「自分のやせ細った姿をみせたくない」という塩沢さんの遺志により、18日に都内で事務所関係者らにより、密葬が営まれたという。塩沢さんは、「多重性がん」の体質で人生の多くの時間をがんと闘っていた。30歳だった58年、舌がんの手術を受けた。その後、85年には、右乳がんで乳房を摘出。さらに04年には左乳がんが見つかり、左の乳房も失った。常に健康に気を配り、再発の恐怖も抱えたが、明るさだけは失わず、豪快なキャラを通し続けた。それでも、がんとの闘いは終わることはなかった。06年胃がんで入院後も、転移に苦しみ続けた。病棟では、最後まで復帰への執念をみせたが、それもかなわなかった。来月下旬お別れの会 塩沢さんは47年、東宝ニューフェイスに選ばれ、芸能界入り。映画やテレビドラマなどで個性的な役を数多く演じた。84年にフジテレビ系トーク番組「いただきます」に出演し、人気者となった。最後の仕事は、06年1月放送のフジテレビ系2時間ドラマ「新 細うで繁盛記」だった。生前、親しかったタレント・黒柳徹子らが発起人となり、6月下旬にお別れの会を開く予定。】
 塩沢さんというのは、オレが芝居の道を志すきっかけとなった役者さんのひとりで(他には、曽我町子さんとか三谷昇さんとか汐路章さんとか)、「オレもこんな怪しくて面白い芝居をしたい!」と思わせてくれた人なのだ。特に「レインボーマン」で演った“アマゾンの魔女イグアナ”は絶品で、高校時代にはよくモノマネをしたものであった。『いただきます』の下ネタおばさんとしてブレイクしたときには、「知る人ぞ知る怪女優」が大衆化してしまったことに、マニアならではの憤り、そして一抹の寂しさをおぼえたものだったけ。2度目の乳ガンを克服したときの会見ではいつもの塩沢節が聞けて安堵したというのに……。合掌。
 桜田宗久くんからケータイに着信。某件についてしばし話す。原稿書きなど少々やったあと、気分転換に夕食の買物に行ってから入浴。また原稿書きの続き。しかしどうにも眠くなり、9時ごろにダウン。「スイマセン、明日の朝、早く起きてちゃんとやりますから……」と誰だかわかんない相手に詫びながら、半ぐらいには寝てしまう。怪優というものが年々歳々いなくなっていく現実はつらいなぁオレ。
  1. 2007/05/21(月) 18:18:31|
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歩きまくリと写真展

5月18日(金)

 7時起床。原稿書きするも集中力が保てず、なかなか思うように進まず。1時、支度して外出。心のうちがモヤモヤして、とにかく無性に長距離歩きたい気分なので、新宿、青山、六本木、広尾、中目黒などをえんえんとさまよったあと、5時に恵比寿へ。駅ビル内の書店を覗くと、伊藤文学氏が「薔薇族編集長伊藤文学」という筆文字とともに裏表紙を飾っているスカした雑誌「オーケーフレッド」(リトルモア)がずいぶんな数、平積みで売られていたので(さすがはスカした街のスカした書店、こういうスカした雑誌が売れるのだね)、上の一冊を裏返しておくというイタズラを(笑)。それにしても、恵比寿のこの変貌ぶりはいかがなものか。オレは87年?93年までの6年ちょっとここで暮らしたのだが、あの頃はホントに寂しい街で(バブルの傷跡ばかりが目立っていた)、まるっきり浦島太郎状態である。
 6時、東口改札でakaboshiくんと待ち合わせ。今日は一緒に櫻田宗久くんの写真展「新日本美人画」を観にいくのだ。ほんとうは櫻田くんも会場に待機しているはずだったのだが、仕事の都合でどうしても今日は来られないというメールが入った。残念。ガーデンプレイスを抜けて、かつて住んでいたアパートのあたり(恵比寿3丁目かいわい)を案内しつつ、会場である「ククイカフェ」へ。6時開店、と櫻田くんから聞いていたのだが、6時半ごろ入ってみると誰もおらず、しばらく2人きりで作品を鑑賞。レトロとポップがほどよく融合された感じで、なかなかユニーク。毎回さまざまな手法でジェンダーとやらいうものとガップリ四つに組んでいる櫻田くんの、また新しい手のうちに触れた感じである(復刊『薔薇族』のグラビア撮影現場では、毎月々々彼一流の美意識&リビドーの発現&萌えのツボがみられて楽しかったなぁ?)。さて次回は何をどんなふうに料理してくれるのかな、と楽しみになる。
 やがてお店のスタッフの方がいらしたので2種類のビールをオーダーし、途中で交換などして飲みつつ、しばしダベる。8時ごろ辞去。JRで帰途に。駅前で買い出してから、わが家へむかう。オレの撮った取材VTRやDVDなどを鑑賞しつつ(ホモドラマ『同窓会』のバラエティ的ノリにやたらウケていた)ダラダラと飲み続ける。1時すぎにakaboshiくんがツブれたので横にならせる。たまに思い出したように目覚める(笑)彼と話などしているうちに夜がしらじらと明けてきたのでオレも眠ることに。就寝時間不明。バカみたいに歩いてばかりいたバカなオレ。
  1. 2007/05/21(月) 18:17:52|
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IDAHOとキテレツメニュー

5月17日(木)

 7時起床。ネットにこんな芸能ニュース。
【赤江アナ報ステディレクターと熱愛………………元朝日放送(ABC)のアナウンサーで、テレビ朝日・ABC系朝の情報番組「スーパーモーニング」の司会を務めるフリーアナウンサー・赤江珠緒(32)が、テレビ朝日のディレクター・Aさん(34)と熱愛中であることが15日、分かった。03年に、赤江が最初に同番組の司会を務めた際、当時ディレクターだったAさんと知り合い、交際をスタート。その後、赤江は大阪に戻ったが、遠距離ながらも愛をはぐくみ、東京に拠点を移した現在も交際を続けている。赤江は06年3月で一度は同番組を降板し、大阪に戻ったが、2人は遠距離恋愛となったその後も交際を続け、赤江は今年3月31日をもって朝日放送を退社。フリーアナウンサーとなったが、4月からは拠点を東京に移していた。現在は再び「スーパーモーニング」の司会を担当している赤江だが、新たな環境で仕事をスタートさせたばかりであり、関係者は「2人とも今のところ結婚はないと話している」と説明している。】
 童女の愛らしさと母のような包容力を合わせ持ったタマちゃんは中年以降の男性に絶大な人気を誇っており、オレもじつはけっこう好きだったりするんだが、それだけにこのニュースは各方面に大きなショックをもたらしたろうな。「そうか、フリーになってまで東京に戻ってきたのはこのためだったのか……」とようやく合点がいったが、うーむ……。当然のことながら『スーパーモーニング』でこの話題を取り上げるはずもなく、タマちゃんはいつもの通り、何事もないような顔で司会進行につとめているのであった。
 原稿書きしながら、録画しておいた深夜の外画ドラマ『スーパーナチュラル』を観る。これは主役の兄弟を、次長課長・井上と成宮寛貴が吹き替えているのだが、仕事しながら聴いてると、ふたりの区別があまりつかない。声質が比較的似ている、ということもあるが、それ以上に演技力にもあまり差がない気が……(笑)。これを観ていると、「群を抜いた若手演技派」なんていうマスコミの成宮評がだんだん揺らいでくるなぁ。
 正午、『バディ』連載原稿を書き上げて送信。GW中はこちらの不手際で迷惑をかけてしまったから、締切りより1週間も早く送っておく。ひと仕事終えて、出かける支度。朝から強い雨が降り続いているが、1時半、まだふり止まぬ中を外出。どうしても歩きたいので、傘をさしつつウォーキングで中野まで。今日は「やっぱり愛ダホー」という街頭イベントの助っ人に行くのだ。「愛ダホー」とは「IDAHO(アイダホ=同性愛差別に反対する日)」のもじりで、内容は、
【書けば読む! 5月17日、駅前のマイクにてあなたの虹色のメッセージを、読み上げます! (1)IDAHOネーム(当日読みあげていい名前) (2)肩書き  (3)IDAHOへの一言メッセージ (100文字以内で、性の多様性についてポジティブなもの)  これをそろえて、このコミュのコメント欄へどうぞ。いただいたメッセージは、「よほど趣旨に反していない限り全て」読みあげます。】
 というもの。歩いてきたせいで2時の集合時間に15分くらい遅れてしまい、責任者のまめたくんに「どこへ行けばいい?」とメールすると、「なかのZEROへ来てください」との返信が。なんだ、さっきZEROの前を通り過ぎて駅前まで来たのに、と間の悪さに苦笑しつつ、指定された場所へむかう。ZEROではすでに作業が進んでおり、オレもメールで送られてきたメッセージを紙に書き写す仕事に加わる。4時近くになってメンバーは中野の街頭へむかったが、オレは大学生の男の子とふたりで作業を続行。5時になり、「全部終わってなくてもいいので、とりあえず駅前まで来てください」との連絡が入ったので、切り上げて駅前ロータリーへ。読み上げの手伝いなどをしてから、6時すぎ、JRで新宿へ移動。
 新宿では東南口の広場に陣取る。ここはドラマやバラエティのロケ地にも使われる名所で、これから駅に向かう人、駅からはきだされてくる人とが交差するエリアである。様々な声を張り込めたパネルを興味深く覗き込んでいく人もけっこういて、なかなか面白かった。欧米系の人たちは「ガンバッテクダサイ」と声をかけてくれたりして、さすがは人権擁護運動の本場だなぁ、と(笑)。こちらでは、編集者から勝手に「レズライター」という肩書きをつけられ怒っていたまーこ女史もビラ配りに参加。以前にべつの雑誌では「巨乳ライター」なんてつけられちゃったんですよ、とも言っていたので、「巨乳レズライター、ビラビラ配りの図」と光景にタイトルをつけてあげたら、「狩都さん、それは卑猥すぎてアウト!」と却下されてしまった(笑)。エロといえば、寄せられたメッセージの中に「チンポ」という単語があったのだが、それをまた、うら若き婦女子が読み上げるもんだから、オレも不覚にもホモのクセして「萌え?」となってしまった(笑)。きっと聴衆のなかにも同様のケダモノどもが大多数いたに違いない。エゲツナイ性欲ヤデ!(by.ヨギータ)
 8時半、つつがなくイベントは終了。撤収し、打ち上げは伊勢丹むかいの「魚民」。いっちゃん安いコース料理を頼んだのだが、串モノにかぶりついた瞬間、「……ん!?」となり、次の瞬間、「あ、コレはこないだ唐沢センセイの日記(http://www.tobunken.com/diary/diary20070511094816.html)でネタにされていたキテレツメニューだ!」と気づく。一体どんなもんなんだろうか? と日記を読んで以来、ずっとイメージをめぐらせていた「冷凍のクリームコロッケの中身を衣をつけずに揚げたもの」もちゃんとあってちょっと嬉しかった(笑)。しかし、「美味いなぁコレ」と思わされるものは見事なまでに皆無だったなぁ。デザートとして出されたのは単に「凍った生和菓子」だったし(笑)。一瞬、雪見大福みたいなものかと思ったのだが、みごとに「凍った生和菓子」であった。カチカチになった「すあま」は、堅くて、食べるのに難儀をしたぞ。普通に「和菓子」としてなぜ出せない!?
 10時半すぎにお開き。徒歩で11時すぎに帰宅。入浴して、1時ごろ就寝。ブーブー文句は言うものの、変なものには基本的に目がないのですオレ。
  1. 2007/05/21(月) 18:17:09|
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