本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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『ユリイカ』とだだっ広い酒屋

8月15日(月)

 ほどほどの時刻に起床。カレーとサラダを食べ、雑用を少々。十一時、外出。昨日見つからなかった資料を探しに、今日は荻窪・西荻窪エリアの古本屋をまわるのだ。
 十一時二〇分頃、荻窪着。探していたものがほどなく見つかり、ホクホクで西荻へ移動。途中、コンビニでパンを買って、食べながら歩く。三軒目の店では新刊で買おうか買うまいか迷っていた『ユリイカ』の最新号(特集/雑誌の黄金時代・紙上で見た夢)を発見し、さらにホクホクの度が進む。西荻で四軒まわったところで総武線で帰途に。二時に帰宅。汗だくになったのでシャワー。ついでに洗濯機も廻す。ちょっと疲れたので軽く昼寝。その後、『ユリイカ』をパラパラめくりはじめるが、いつしかマジ読みモードに突入す。うーむ、七〇?八〇年代の“雑誌が元気だった時代”を知る者(雑誌ジャンキーとも言う)にはたまらない構成である。多岐にわたる寄稿者たちの濃ゆ?い文章に触れていると、自分がいかに「雑誌」というものに憑かれているかが再認識できた。なんというか、読み進めるたびに脊髄に微弱な電流がはしり、ひと文字ひと文字が、細胞のひとつひとつに浸透していく感じなんである。ここ最近、“雑誌というものをほとんど読んだことがない、と公言できてしまう雑誌編集長”とか“文字を読むのが好きではない編集者”といったビックリ人間たちの存在にビックリさせられっぱなしだった(この頃の雑誌界にはそんなのしかおらんのかい!? と落胆していた)ので、なにやら言い様のない安堵感に満たされる思いである。そんな本なのに、なぜ古本になるまで買わなかったかといえば、それは「高い」から。『ユリイカ』は定価一三〇〇円。これは雑誌としてはかなり高価な部類にはいる。自分の経済感覚でいうと、雑誌購入に割ける金額というのは、いいとこ七〇〇円くらいだ。八〇〇円を超えるとかなり躊躇する。『ユリイカ』は、けっこう興味をそそる特集が多いのだが、いかんせん一三〇〇円という定価がネックとなって、なかなか手が出ない(だから最近出た別冊『オタクVSサブカル! 1991→2005ポップカルチャー全史』も欲しいけど、まだ未購入である)。
 ちなみに「一三〇〇円」というのは、現在オレの関わっているゲイ雑誌二誌『バディ』『薔薇族』の価格でもある(知らない方のために補足すると、他に二〇〇〇円近いものもあるのだ!)。ネットなどなく、紙媒体が情報収集の唯一の術だった頃、ゲイ雑誌を「高い」などと思ったことはなかった。それどころか、「出費がかさんでもいいから、もっと多くの雑誌が出ればいい」とすら思っていた。それは決してオレだけの話ではなかったと思う。しかし、インターネットの普及により、雑誌でしか得られなかった情報が「タダで」入手できる時代になったとき、皆はハタと気づいてしまった(洗脳が解けた、と言ってもいいかもしれない)。「ゲイ雑誌ってめちゃめちゃ高いじゃん!」と。かつての「必需品(これがなくては生きていけないモノ)」から「嗜好品(べつに、無いなら薙いでなんとかなるモノ)」へと有り様が移り変わった時点で、ゲイ雑誌というものは抜本的な改革を行なわなければいけないのだなぁ、と思う。ゲイ雑誌が一般雑誌とかけ離れた価格帯で存続できる時代というのは、もう終わった気がする。そういった在り方が成立するには、「紙媒体以外の情報入手ルートがなくなる」か、「これは自分たちの手で守り育てていくべき存在だ、と読者サイドが意識する」ことが不可欠だが、前者のような事態はまずあり得ないし、後者にしたって現状をかんがみるにまぁ夢物語だろう。そうなると、やはり雑誌の側が自己改革をしていく以外、生き残っていくことはできないと思うね。いかにして制作コストを落とし、一般誌と同等程度にまで価格を下げるか……というのが今後の最大の課題であろう。ただし、フリーペーパーなんてものにはしてほしくない。あれは消費者の乞食根性を助長するだけの存在だから。文化とは、やたら金のかかる女(例:峰不二子)のようなものである。あまりケチってばかりいては、いずれ愛想を尽かされ去られてしまうぜ。
 六時頃、お好み焼きを焼いて夕食。あわせて今夜、仕事の打ち合わせがてら遊びにくる“劇団フライングステージ”の石関準くんに渡すための映画ビデオもダビングする。
 八時ちょっと前、最寄り駅の改札で石関くんと落ち合い、近所のディスカウント酒屋へ。いつも前を通りかかるだけで利用したことはなかったのだが、入ってみるとこれが広い広い。しかもなんと二階まであるという。おまけに安い! ここは今後、要チェックだな、と思う。
 帰宅後、DVDなどを鑑賞しつつ宅呑み。『きらきらアフロ』を観ながら、オセロ松嶋の底知れぬパワーと、鶴瓶の“受け手としての天賦の才”について感心す。その後、明け方までダラダラと過ごす。その後、適当に仮眠。こういう無為な時間を過ごすことが、じつは大切なんですオレ。
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  1. 2005/08/18(木) 23:12:20|
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