本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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アカデミズム嫌いと三河のおばはん

8月31日(水)

 昨夜めちゃめちゃ早寝したせいで、かなり早めの起床。喉は相変わらず不調だが、とりあえず倦怠感は抜けた。ここぞとばかりにビデオレビューにかかる。一〇時頃に終わったので金融機関に支払いに行く。帰りに丸正で食糧調達。なるたけ精のつきそうなものを。あと、薬局でのど飴も。
 帰宅後、昼食を摂りつつ、おくればせながらNHKのETV特集『オレを覚えていて欲しい?ガン漂流・作家と読者の850日』(日曜深夜に再放送されたものの録画)をやっと観る。三十一歳で「肺癌」「余命二年」と告知されたフリーライター・奥山貴宏氏の生前の日常を綴ったドキュメントである。氏は闘病記『31歳ガン漂流』(ポプラ社)『32歳ガン漂流エヴォリューション』『33歳ガン漂流ラスト・イグジット』(牧野出版)と小説『ヴァニシングポイント』(マガジンハウス)を残してこの4月17日、逝った。Blog(http://www.teknix.jp/)を通じて進行していく病状を含んだ日常、命の削られていく過程を不特定多数の読み手にむけて発信し続けた人である。
 池田晶子という人が『週刊新潮』の連載の中でその行動について、【そもそも私は、個人のあられもない内面を、得体も知れない誰かに向かって吐露したいというその心性が、理解できない。気持ちが悪い。】と酷評し、【結局この人は、自分の最期をイベントに仕立てて他人に見てもらうことに最後の生き甲斐を見出して死んだわけだ。】と分析し、奥山Blogの読者たちを、【他人の生死に立ち会えるという興奮もあったのだろうか。どっちもどっちである。】と切って捨てていたという。「という」というのはその文章のこともオレは他人の提供してくれた情報を通じて初めて知ったからである。モノカキの端くれのくせして鈍いアンテナしか持っていない男だこと。池田氏のコラムは今現在、コチラ(http://syokutaku.seesaa.net/article/5713039.html)で全文が読めるので、興味ある方はご一読を。
 池田氏はETV特集についても、【三十一歳で癌になった青年が、二年後に亡くなるまでの風変わりな闘病生活を、ドキュメンタリーで放映していた】と記している。奥山氏の一連の行動を「風変わりな」と言い切ってしまえる池田氏とはいかなる人物なのか? ネット検索すると【1960年生まれ。慶応大学文学部哲学科卒業。専門用語を使わず、哲学するとはどういうことかを日常の言葉で語る。】とあったが、結局、ナニ屋さんなのかよくわからない人である。複数の書を著し、著名な週刊誌に連載を持っているくらいなのだから「モノカキ」と呼んでも支障ない気がするが、それだと奥山氏のしていたことを「風変わり」の一言で済ませてしまえる神経というのがイマイチ理解できない。だってモノカキならば、またとないテーマ(と書くと高尚っぽくなってしまって話がずれるな。批判覚悟で「おいしいネタ」とあえて言おう)と出くわせば、それがたとえ自分にふりかかったとてつもない災厄であったとしても、「書き残しておきたい!」と思うはずだもの。それこそが「モノカキのサガ」というものである。たとえばオレは去年、はじめてHIV検査を受けたのだが、その際、「もしも“陽性”と告知されたら、それをネタにして山ほど書こう!」と秘かに誓っていたし。
 もちろん「癌」と「HIV」では色んな意味で状況が異なる。迫ってくる「死の実感」の加速度もケタ違いに早い前者であった場合、果たして奥山氏ほどのことがやれるのかは定かではないが、「残された時間を何かに費やす」としたら、旅行でも飽食でもセックスでもなく、やっぱりオレも「書く」ことを選ぶだろうなぁ(こないだ友人から「アンタは普段“いつ死んでもべつに構わない”なんてニヒルぶったこと言ってるけど、実際にそうなったら“まだアレが書けてない! コレも書かなくては!”と仕事に対する執着をめちゃめちゃ見せるだろうさ」と言われたが、きっとそーだろーね)。世の中には「金になる、ならないに関係なく、モノを書いていないと生きていけない」人種というのが確かにいる。「うぜぇ」とか言われながらもこんな長文を毎日々々書いているオレもそっちのクチだが、奥山氏もお仲間だったのではないかと思う。陳腐な言い方をするなら「書く」という行為が何らかの目的を遂行するための「手段」である人と、「書くこと」そのものが「目的」である人とがこの世にはいる、ということだ。両者は外見こそ似てはいるがまったく別種の生き物であるから、相手側の行動原理を理解するのは困難である(特に前者にとって後者は)。ゆえに「モノは書いているが、書かずにいられない人ではない」池田氏にとって奥山氏のしてきたことはただ「風変わり」の一言で片付けられてしまう(片付けるしかない?)ことなのであろう。いや、これはまったくの憶測ですがね。
 オレが番組を観たかぎり、池田氏が見て取ったとされる「悪あがき的自己顕示欲」のようなものは一切感じられなかったなぁ。Blogに書き込んでくる読者たちにしたって、自らの分というのをキチンとわきまえ、驚くほど「フツーに」氏に接している。余命いくばくもない人間のアップした写真を観て「帽子のかぶり方がイケてない!」などと些末なことに容赦なくツッコめてしまう彼ら彼女らに、少なくとも【他人の生死に立ち会えるという興奮】なんてものは感じられない。双方とも、とても穏やかだ(もちろん内面にはどうしようもない動揺や憤りやあせりといったものが渦巻いているのだろうが)。書き手と読み手のダイレクトかつリアルタイムなこの交流は、まさに「インターネット時代」ならではの産物であろう。【パソコンに向かって内省するなど、どだい無理に決まっているのである。】と悪びれることもなく言い切る(言い切ってしまえる)、ネットはおろかパソコンというもの自体に懐疑的な池田氏には、そういったこともあってことさら「風変わり」で「気持ちの悪い」ものとしか映らなかったのかも知れない。もちろん何を観てどう思うのも個人の勝手(自由)であるのだが、今回のコラムはいささか悪趣味な気がするなぁ。他者を「自己流分析」して「組み伏せなければ気が済まない」のは「センセイ」系人種のサガなのか? だからアカデミズム系の人間は……(以下、自粛)。
 まだちょっとダルいので少々、仮眠。起きて東京MXテレビ『5時に夢中!』を観ながら夕食。司会の徳光Jr.は今日も岩井志麻子女史のキワドイ発言をさらにキワドくして返すという離れ業をやってのけて素敵すぎる。アシスタント女史の露骨にイヤげな表情が、場をいっそう彩っていて文句ナシ! MXテレビは東京都が運営してるのに限りなくインディーズチックでロケンロールだなぁ。
 入浴後、ようやく仕事。しかしついついニュース番組に目がいってしまう。テレビ朝日『スーパーJチャンネル』の本日のドキュメントは「ひきこもり&家庭内暴力息子の更正」。飯の炊き方が悪いというみみっちいことに文句つけて暴れるという徹底したクズぶりは見世物としては極上レベル! しかしオチが、毎度お馴染み「三河の元ヤンおばはん」というのはちょっとなぁ。各局に出まくってるが、あの人以外にこういう問題のエキスパートはいないのか?
 零時ちょっと前までパソコンに向かうが、一段落ついたところで終了。あっという間に寝入ってしまう。今週はヘヴィーな番組ばかり観てしまうなぁオレ。
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  1. 2005/09/01(木) 21:01:54|
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