本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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特別編/こんな本はいかが?

 ご存知ない方のほうが多いであろうが、「ロゼッタストーン」という小さな版元がある。公式サイト(http://www.rosetta.jp/index.html)によれば「人間同士のコミュニケーションを大きなテーマに、書籍、メルマガ、学習ノートなどを発行している総合出版社」とあるが、まぁ弱小である。が、ルーティンワークで新刊を垂れ流している昨今の版元(オレは出版社も書店も、いったん全部潰れてしまえ、と思っている。そのあと、「ほんとうに本を作りたい!」「売りたい!」と思うところだけが闇市のように復興してくればいいのだ)とちがい、「これを作りたい! 売りたい!」といった気概の見える会社で、その社長である弘中百合子さんのweb日記を愛読させていただいているのだが、その中でここ数日、急きょ出すことになった新刊について触れている。ちょっと長いのだが、主だった箇所を抜粋引用させていただいているので、読んでみていただきたい。

【突然だが、昨日話を聞いた男性、矢野さんの本を出版することにした。昨年の12月6日に殺された息子さんの真木人(まきと)さんは28歳。犯人は、近くの精神科病院に入院中の患者で、社会復帰トレーニングのために、一時外出中だったという。犯人に責任能力があるかどうかの鑑定は、来月20日の予定で、28日には起訴されるか、不起訴になるかが決まるそうだ。
 ところが、矢野さんたち家族は、まだ犯人の病名すら教えてもらえないのだという。病院側からの説明も謝罪もない。不起訴が決まれば、犯人のカルテを強制的に出させる手段もなくなる。「なぜ真木人さんは殺されてしまったのか」という真実に、家族はちっとも近づけないでいるのだ。犯人が有罪か無罪かというのはその後の問題で、最低限の情報を被害者が知ることは、当然の権利なのではないだろうか。
「精神障害者の犯罪は、面倒くさがって不起訴にされるケースが多いらしいんです。処分が決まる日までに、なんとか世の中の人たちにもっと関心を持ってもらって、検察がいい加減な判断をしないようにしたいんです」と、矢野さんの奥さん。一時外出をさせていた病院の管理責任を問おうにも、犯人が精神障害者というだけで、弁護士はみな逃げ腰らしい。なんて、被害者の立場は弱いんでしょう。
 ロゼッタストーンは本当に小さな出版社だけど、矢野さんが一人で声を上げるより、本を出版することで、世間の注目が集まるかもしれない。来月の28日までに出版するのは時間的に非常に厳しいけど、「本を作る」と決めたら、即動けるのが小さい出版社ならではの機動力。「おかしいな」と思うことがあったときに「おかしい」と言うために、私はマスコミ業界に入ったのだもの。ここで動かなきゃ女がすたる…。

 矢野さんからは、続々と原稿が届いている。タイトルは『凶刃』に決まった。さあ、なんとか本を形にしなくっちゃ。

 読売新聞の朝刊に、矢野さんが本を出版するというニュースが掲載された。『凶刃』というタイトルもロゼッタストーンの電話番号も掲載されている。読者から何人か、問い合わせの電話もかかってきた。もっともっとたくさんのマスコミが注目してくれるといいのだけど。

『凶刃』の完成原稿が朝、届いた。主に父親の矢野啓司さんが執筆し、一部、母親の千恵さん、娘さんの奈苗さんも執筆している。それまでに啓司さんが文集のようなものを作っていたとはいえ、単行本化を提案したのが今月24日。矢野さん一家は、1週間もかけずに本を1冊書き上げたのだ。
非常に聡明な一家で、遺族の悲しみや犯罪被害者の立場を冷静に綴り、今の制度への疑問を投げかけている。精神障害者に関わる仕事をしている人はもちろん、マスコミや弁護士や検事や裁判官、政治家などにも読んでもらって、今後、みんなで知恵を出し合う参考資料にしてほしい。
 障害者問題に詳しい友人から、「“野放しになっている危険な健常者”の方が、よっぽど多いはずなのに、こういう事件があると、必ず、“何をするかわからん精神障害者を野放しにするな”というような声が大きくなる。精神障害をもつ当事者や、支援者の声にも、耳を傾けておいてほしい」という忠告をもらった。
マスコミ人として気をつけなければいけないのは、「正義の味方」を気取らないことだと思う。「正義」は立場によって変化しやすいものだから、信じ込むほど危うくなる。そのうえで、逃げることなく、問題提起は続けていかないとね。

『凶刃』なんとか、無事入稿?????ーーーっ!!(中略)本を出版すると決めたのが1月24日。最終原稿が来たのが30日朝(わずか5日!)。そこから4日でDTPと校正作業。今月末までには書店に並ぶはずだ。いやー、本って、急げばこんなスピードで出来るものだったのね。

 表紙のカバーには、黒地に赤文字で「凶刃」と大きく書かれている。とにかく、今月末に検察が処分を下す前に、少しでも多くの人の目に触れるようにと、インパクト重視でデザインしてもらった。でも、黒に赤の文字は、被害者のお母さんにとっては強烈すぎて、見るのが辛いらしい。その気持ちも、よくわかる。
 デザイナーさんや、お父さんの矢野さんと相談した結果、今回は、一般向けの黒カバーと、矢野さん家用の白カバーと、2種類カバーを作成することにした。これも、ロゼッタストーンとしては、初めての試みだ。

『凶刃』無事、校?了????っ! あとは、明日表紙のカバーの色校をチェックして、印刷が刷り上るのを待つばかり。短期間でやったにも関わらず、スケジュール通りに進んでいるのが不思議。人間、切羽詰まったときのほうが、なんとかなるものなのかもね。
著者の矢野さんは、知人の精神科医から「こんな本を出すと、袋叩きにあいますよ」と忠告されたと言う。誰から袋叩きにあうんだろう。個人が声を上げるというのは、やっぱり大変なことなんだなあ。
 著者は、息子さんを失った悲しみのなかで、可能なかぎり冷静に、今回の事件を分析し、問題提起している。もちろん、立場の違う人はいると思うけど、批判をするにしても、同じように冷静に、顔を出して反論してきてほしいと思う。
 もっとも、著者が袋叩きにあうのなら、出版社が非難される可能性もおおいにある。ま、失うものなんて、何もないから大丈夫だけど。】

 オレはここ十数年ずっと、「人権が人権によって踏みにじられている現状」について考えてきた。いや、考えさせられてきた。マスコミ人も法律家も、テレビに出てくる人間というのはノキナミ「加害者」の側の人権ばかりをヨイショするような連中がメインで、いちばん痛い思いをさせられている側の人権なんぞ「とるに足らないもの」とされているような気がしてならんのだ(いや、それは違う! と制作者側は言うかもしれないが、少なくとも一般視聴者、というかオレ個人にはそうとしか見えない)。 ホント、日本という国はガキとキ○ガイの天国である。
 だから、今回のこの出版で、現在の公平性にいちじるしく欠ける人権擁護主義(本来ならば手厚く保護されるべき被害者側に「泣き寝入り」の苦痛をおっかぶせることで、制度の歪みを不可視化しようとする法曹界の醜さよ!)というものに小石なりとも投じられたら、これは大きな前進であろう。小さな版元が、大手では二の足を踏むようなことをやらかす(というか、小さな版元だからできるのであろう。大手はどこも日和見傾向が強いから)というのはまた、とても痛快でもある。もしも世間のクソバカ人権家などに著者および版元が「袋叩きにあう」ようなことでもあれば(タイトルもかなり意味深で挑戦的なものなので、たしかにそういう場合もあり得るかも……)、そのときは読者らが援護して全面対決でもなんでもすればいい。「人権」という暴力に泣かされる人が少しでも減らせるのであれば、オレは立ち上がりますぜ!
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  1. 2006/02/10(金) 19:43:32|
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