本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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大霊界と撮影会

9月25日(月)

 七時起床。陽射しはまばゆいが、空気はかなりひんやりしている。一年中でもっとも好きな気候である。そんな中、本日も朝から夕方まで出仕事。
【東京高裁、松本死刑囚担当した2弁護士の処分請求………………東京高裁(須田賢裁判長)は25日、オウム真理教の松本智津夫死刑囚(51)の控訴審の主任弁護人を務めた松下明夫弁護士(仙台弁護士会)と、松井武弁護士(第2東京弁護士会)について、「審理の迅速な進行を妨害した」として、日本弁護士連合会(日弁連)に両弁護士の処分を求める「処置請求」を行った。裁判所が弁護士会に弁護士の処分を請求するのはじつに17年ぶり。東京高裁の通知書によると、両弁護士は、当初2005年1月11日だった控訴趣意書の提出期限の延長を申し立て、同年8月31日まで延長を認められたにもかかわらず、期限最終日に、持参した控訴趣意書を提出せずに持ち帰った。】
 山口県の母子殺害事件のときもそうだったが、弁護士という連中の姑息な手口というものが近頃はマスコミ報道を通じてずいぶんと白日のもとにさらされだしているよなぁ。こういう裏ワザ(?)を当たり前のものとして行なっては裁判をいたずらに長引かせてきたことが、一般人の司法に対する信頼を失墜させた最大要因ではないのか。何度も言っているが、持論のゴリ押しのために犯罪を、ひいては被害者サイドを利用するような真似はいい加減やめてもらいたいと心から思うね。
【ジャッキー・チェン、またも政局論評が台湾で問題に………………陳水扁総統の退陣要求運動をめぐって政局が混乱する台湾について、日本でも人気の香港スター、ジャッキー・チェンさんが「宇宙規模の笑い話だ」と論評したことが台湾で波紋を広げている。チェンさんは04年3月の陳総統銃撃事件の際も「大きな笑い話」と発言し問題となった。台湾では、元民進党主席の施明徳氏(すでに離党)が呼び掛けた陳総統への退陣要求運動が長期化している。台湾テレビ「TVBS」によると、チェンさんは香港での新作映画の発表の場などで、現在の台湾の政治的混乱について「2年前に私は空のように大きな笑い話を言ったが、現在は宇宙規模の笑い話に変わった」と発言した。チェンさんは香港出身だが、夫人の林鳳嬌さんは台湾出身の元女優。かねて台湾の政情に強い関心を持ち、発言を繰り返してきた。根底には“民主化へのエール”があるとみられるが、表現が直接的だけに物議をかもすこともしばしば。昨年5月には「今後4年間は台湾には行かない」と宣言。台湾高官が「来なくていい」と反発した。台湾のインターネットでは「台湾人でないチェン氏は門外漢」などと、今回の発言への批判が集まっている。】
 寡聞にして知らなかったのだが、ジャッキーってのはそんな舌禍系タレントだったのだねぇ。人は見かけによらぬというか。
 昼休み、ここしばらくずっと呻吟していた問題(仕事面に関わるかなり大きなもの)が、ふとしたことで一気に解決してしまった。堅く結ばれていた紐が、何かの加減でスルスルッとほどけてしまったかのように。とりあえずごくごく近しい人間の幾人かに意見を求めてから最終決定としようと思うが、ほぼこれで決まるだろうな。あー、スッキリした。
 五時半帰宅。今夜は次男の祐人が「男博」がらみの用件で来るので、部屋のなかをざっと片付ける(ホントに“ざっと”だけ)。ニュースで、こんな訃報がとどく。
【丹波哲郎さん大霊界へ旅立つ………………映画「砂の器」やドラマ「Gメン75」などで知られる俳優・丹波哲郎さん(たんば・てつろう、本名丹波正三郎)が24日午後11時27分、肺炎のため東京・三鷹市の病院で死去したことが分かった。84歳だった。国際派俳優の先駆けだったのと同時に、陰のある役もこなせる名優でもあった。役柄や明るく豪快な人柄から、多くの芸能人に「ボス」と慕われた、霊界研究に力を注ぎ「霊界の宣伝マン」としてバラエティー番組などでも、幅広い世代に親しまれた。
 丹波さんは今月上旬に、微熱が出ため入院した。安定していた容体が、死亡する2時間前に急変。心臓マッサージなどを施したが、帰らぬ人となった。遺作映画は写真出演した「日本沈没」、ドラマは日本テレビ系の「高林鮎子シリーズ」だった。25日夜、都内の自宅には、TBS系ドラマ「水戸黄門」で共演した里見浩太朗、原田大二郎、京本政樹らが弔問に訪れた。丹波さんは97年に亡くなった妻貞子さんの部屋で眠っている。大きな遺影に見守られ「奥さんと霊界で再会しているかも」と話す弔問客もいた。最近は体調を崩しがちで、昨年2月にはインフルエンザと肺炎を併発、虫垂炎も患って一時は危険な状態になった。それでも「実はこの間、死んだんだよ」と臨死体験を笑顔で語り、周囲を驚かせた。
 丹波さんは52年に新東宝に入社。資産家一家に育っただけに、物おじしない異例の新人だった。同年、いきなり主演で「殺人容疑者」でデビュー。60年代は、米映画「太陽にかける橋」への出演、「007は二度死ぬ」でショーン・コネリーと共演した。日本人離れした体格と堂々とした演技で知名度を高めた。陰のある存在から、軽妙な役まで、幅広い演技ができる、日本映画、ドラマには欠かせない俳優だった。出演映画は300作以上。豪快でおちゃめで、演技派。貴重な俳優がいなくなった。】
 生前から「オレは死ぬのが楽しみで仕方ない」と言い切っていた御大だけに、訃報に湿っぽさがほとんどないのがスゴイやね。むしろ「やっと霊界に行けておめでとうございます」的な祝福ムードすら感じられる。死ぬ直前まで現役で通し、驚くほど呆気なく逝くことができた丹波氏は幸せ者である。死後の世界なんてのがあるのか無いのかは知らないが、こんなふうに人生にピリオドが打てたらいいな、と素直に思う。合掌。
 七時前に祐人来る。せっかくだから、と今度作るCDジャケット用の写真撮影に行くことに。神田川のほとりから西新宿の高層ビル街をめぐって数十枚ほど撮る。食事して、コンビニで酒のつまみなどを買い込んで九時ごろ帰宅。焼酎割りなどを呑みつつ、しばし歓談。十時、『西遊記2』東京MXテレビをつけていると、先日メイン司会の徳光正行がテレビ東京『レディス4』移籍のために降板した『5時に夢中!』の後任司会が萩原流行になったことを伝えるCMが。うーん、どうなんだろうか。岩井志麻子やマツコ・デラックス等、放言コメンテーターたちの言いたい放題を徳光Jr.が中和していたからこそ、あの番組はかろうじて“テレビ番組”としてのテイを維持できていたのだ。コメンテーター以上に放言ヤローな司会者になってしまったら、日本の放送コードではもはや放映禁止になるのではなかろうか。それ以前に、流行とマツコの反りが合うとは思いにくい。なんせ流行は、あのつかこうへいの弟子筋だもんなぁ……。二時ぐらいまで呑んで語って就寝。あれほどのアクの強さでありながら、どんな現場でも不思議と馴染んでしまう丹波氏のキャラクターというのは、やっぱり希有なものだったんだよなぁ、と改めて思ったオレ。
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  1. 2006/09/27(水) 20:04:07|
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