本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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クドカンとピンクレディー

4月18日(月)

 朝から夕方まで出仕事。
 五時半頃帰宅。テレビをつけるとフジがライブドアとの調印式の模様をえんえんと中継していた。日枝会長とホリエモンの物言いが双方ともキレイ事に終止しているのが笑える。双方とも満身創痍での引き分け、「試合に勝って勝負に負けた」者と「勝負に勝って試合に負けた」者の“消極的手打ち”であることは国民の大半が知っているんだから、いっそ口汚くイヤミの応酬でもしたほうがよっぽど面白くて客も喜ぶだろうに。その昔、「楽しくなければテレビじゃない」と標榜してた局なんだからさ。それにしても長げぇなぁ。
 夕食、入浴を済ませ、mixiや連絡メールなど。そのあと昨夜からの仕事(薔薇族映画ガイドページ)に取りかかる。九割方できているので、作業量はさほどのものではない。……はずだったのだが、タイトル周りや図版などの変更にけっこう手間取る。BGV(=バック・グラウンド・ビジュアル=つけっぱなしのテレビ)はテレビ東京。加勢大周がリポーターとなってどっかの田舎町に行っていて驚く。いつの間にこういう仕事もするようになっていたのだ大周。そのポジションは本来ならば彦摩呂のものであろうに。その後は引き続き、懐メロ番組『徳光&コロッケの“名曲の時間です”』(この日は初回で二時間スペシャル)を観る。というか聴く。“さくらと一郎”の『昭和枯れすすき』を聴きつつ、思いを当時へはせる。あの頃はオレもまだ小学校高学年で、この歌のもつ大人世界の悲哀なんてものはさっぱり理解できなかったなぁ。四〇過ぎた今、「いっそ綺麗に死のうか」という歌詞の重みをひしひしと感じております。「力の限り生きたから未練などないわ」と早く言えるようになりたいもんである。ただ、「ふたりは枯れすすき」という状態にはどうもなれなさそうな感じだが。
 気分転換にオナニーなど。モデルの子の“のぺーっとしたヘラヘラ具合”が誰かに似ているなぁ……と思ってよくよく考えてみたら、あぁっ、クドカンだぁ! 初監督作品『真夜中の弥次さん喜多さん』も想定の範囲外のアクシデントはあったものの予定通り公開され、連ドラ版『タイガー&ドラゴン』もスタートし、子どもも出来たそうで(こないだの『笑っていいとも!』で阿部サダヲが言ってた)、目下ノリにノッてる宮藤官九郎くんであるが、彼をオカズに使うというのはいかがなものか。
 無事にコキおわると、日本テレビで“ピンクレディードキュメント”が始まっていた。彼女たちは高校の先輩筋にあたる(おなじ高校ではないが、同系列校なのだ)ので、とりあえずそのまま観ることに。四〇代後半になってもなおこれだけのステージをこなせるのはすげぇよなぁ、と素直に感心する。ピンクレディーは、じつはデビュー前のお披露目ステージを地元の祭りの余興で偶然にも観る(「今度、ペッパー警部という曲でデビューする、御当地出身のピンクレディーといいます。よろしくお願いしまぁす」などと初々しい挨拶をしていたっけ)など、けっこう縁があるのだが、全盛期、オレはふたりを毛嫌いしていた。いや正確には、アイドル全般を、である。小三から深夜放送を聴きだし、「テレビなんてのはガキの観るもんサ」なんぞと小憎らしいことばかり言っていた当時のオレにとって、ピンクレディーを始めとするアイドル歌手たちなどは愚かなブラウン管芸者でしかなく、唾棄すべき存在なのであった。「歌謡曲なんてくだらないね。わかってる奴が聴くのはやっぱフォークだよ」なんぞと、自分こそが“わかってない”ことに気づかず、よくもまぁあれだけ悪態がつけたものであるよ。一流のアイドルは徹底したプロフェッショナルである、ということを認識したのは二十歳過ぎてからであるが、かつての贖罪の意味もこめて今回の“期間限定復活ピンクレディー”は密かに応援しているのだ。観には行かないけどね。
 十一時半すぎ、映画ページ、とりあえずの完成。推敲もしてないし、レイアウトの調整もまだ全然だが、一応プリントしてみる。ふむ、なかなかイイ感じかな。テレビ東京『きらきらアフロ』を観ながらしばし悦に入る。それにしてもオセロ松嶋の奔放さはいつ観てもすげぇなぁ。「わからない」ということをこれほど堂々と、恥じ入ることなく世間に明かせられるのはひとつの特技である(もちろん、わからないまんまにしておくのはイカンとは思うがね)。先週の『サンデージャポン』のライブドア問題のトーク中、視聴者無視で暗号(専門用語)ばかり連発する専門家たちにむかって、「ちょっと待って。フツーの言葉で話して。子どもも観てンだから。バカも観てるし、出てるし」と、ぴしゃりと言ってのけた飯島愛と同様、ゲイ界に是非とも欲しい種類の人材である。ホモというのは根が見栄っ張りのせいか、すぐに知ったかぶりをしちゃってダメだ。わからないものに対してはハッキリ「わかりません!」と挙手して言う勇気を持たない限り、いつまでもインテリたちは「わかりやすく伝える」という努力を怠ったままであろう。“フツーの言葉”で語れない少数派(一部の学識者・活動家・論文家等)と、「アタイ、どうせバカだからわかんないも?ん」と、語ること自体を放棄してしまった多数派(一般人)の乖離(業界内の二極化)を解決するためには、双方が「意識して」歩み寄ること以外にないのである。
 なんぞと柄にもなく思っているうちに一時近くに。明日も早いので就寝。よく働き、よくヌイた一日であった、と満足しながら夢の中へ。
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  1. 2005/04/19(火) 21:42:43|
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