本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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三丁目の夕日とペドファイル先生

12月3日(日)

 七時起床。起きて早々、資料整理に取りかかる。正午すぎまでやって食事かたがた小休止。横になって、久世光彦氏を特集した雑誌『フリースタイル』(フリースタイル)をぱらぱらめくっていると、実相寺昭雄氏との生前の交流についての記述が。二人はTBSではほぼ同期で共通の趣味(乱歩マニアだったり)も多かったりして親しかったのだそうだ。そういや『時間ですよ』にもウルトラマンが出たりもしたっけ(マチャアキと希林さんの「そうだ、ウルトラマンを呼ぼう」というのも流行語になったなぁ)。じつは久世脚本・実相寺監督で夏目漱石の『夢十夜』を撮るという企画も進行していたのだとか。しかし二人とももはや亡く、寂寥感がいっそう募るなぁ。
 整理再開。仕事しながら金曜日に録画した映画『ALL WAYS 三丁目の夕日』を観る。セットで再現された昭和三十三年の街並はなかなかのもので、構成も正味二時間以上という長尺ながら最後まで観客をダレさせることもなし。とはいえ、世間の褒めそやし派の言っているのはいくらなんでもオーバーであり、傑作と呼ぶのはちょっと違うだろう、という感じ。イイとこ“佳作”か。気になったのは、原作では気弱な小市民の鈴木オートの社長をやたらコワモテのキャラにしたり、従業員のロクさんを“ロクちゃん”という女の子にしてしまったりと、昨今の漫画映画(アニメーションの意味ではなく、「漫画を元にした映画」ということネ)の監督が躍起になっている「原作をいかにオレサマ流に料理するか」のドツボに、案の定はまっているところだ。要するに、監督の沽券にかけて「原作通りにはしない!」のだ。その最たるものが、変造が過ぎてキャラの名前以外はまったくの別物になってしまった宇多田ダンナ(名前忘れた)の『キャシャーン』である。べつに無理に替えなくたっていいのに、どうしてムダなことをすんのかね? 原作を極力原作のママで撮りきって感動を喚起することのほうが、よっぽど監督としての技量は示せると思うのだが。それと、西岸良平マンガの持つ独特“匂い”というのがほとんど感じられなかったのが三十年以上も読み続けているファンにとっては不満であった。なんて言ったらいいんだろう、パッと見は西岸ぽいんだけど、マンガからは感じ取れるあの時代の生活臭というのがほとんど伝わってこない。全体的にビニールコーティングされていて、匂いも温もりも手触りも何も感じられないのである。よくできた食品サンプルを見せられているようで、この点もじつに残念であった。あとキャスティングもなぁ……。「三丁目の夕日が実写映画化されて、吉岡秀隆が出るらしい」と聞いたとき、オレは「おっ、きっとロクさん役だな」とまず思ったものであった。だってソックリなんだもん。しかしフタをあければ吉岡は駄菓子屋の茶川さん……。ずっこけたねぇ。原作を知っている人ならきっと賛同してくれるであろうが、茶川さん役は絶対“大杉蓮”なのだ!(笑)
 五時半、TBS『報道特集』。交通事故被害児童の遺族が起ち上げたHPから現場画像を無断コピーし、自身の運営する小児性愛サイトに掲載していた現役教師(!)について取り上げていた。転載した写真にはご丁寧に「自転車がこんなにグジャグジャになってしまっているんですから、きっと女の子もタイヤに巻き込まれてひどい状態になり、スカートもパンツもすべて脱げてしまったことでしょうねぇ。そろそろ恥じらいをおぼえるお年頃のはずですから、きっとすごくはずかしかったことでしょう」みたいな煽情キャプションをひとつひとつに付けている(男児・女児ともに対象としているから性別関係ナシのペドファイルということか)。鬼畜ブーム云々に関係なく、こういうシチュエーションに萌える人間というのは世の中には大勢いるし(かくいうオレも屍体写真でヌケる男だしね)、何にどのような欲情を抱くこともこの国では自由なのだから、それ自体はべつに他人からどうこう言われる筋合いのものではない(たとえ教職にある者であったとしても)。それを非難する者がいたり、実際に取り締まったりしたら、そっちのほうがよっぽど問題である。しかし、今回のはイササカやり方が上手くないやね。実際の事故写真(海外という異界のものならまだしも、国内という身近な場所での)を用いてしまったことで、本来なら“バーチャル”の中だけで完結させなければならないもの(極論であるが、フィクションの中だけであれば子どもを犯そうが殺そうが問題はないのだ)が逆流し、“リアル”と結びついてしまっている。かりにもガッコのセンセなんだから、もうちょっと人間の心理・感情というものを知って(理解して)おくべきであろう。秘するが華、沈黙は金、というような言葉は一億総発信者時代、言いたがり・出たがり・目立ちたがり時代にはもはや意味をなさないのであろうかね。最近のネット不祥事の数々(この日記でもたびたび触れているが)を見るにつけ、インターネットなんてものに耽溺しすぎると、やはり脳の中枢のドッカがおかしくなってしまうのかなぁ、とつい思いたくなってしまう(なんだか“ゲーム脳”みたいでイヤなんだけど)。mixiに溺れてしまっているかも……と思い当たる節のあるキミ、そう思ったらいったん退会しなさい。でないと、取り返しのつかないことになるゾ!
 夕食、入浴をはさみ、十一時まで資料整理して就寝。自分を客観的に見られるということはかなりの理性を要する作業なのだよ、とエラソーに言うけどねオレ。
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  1. 2006/12/05(火) 09:33:28|
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