本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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ショックな訃報とやたら眠い

5月19日(土)

 11時半起床。正午ごろ、akaboshiくん帰る。シャワー浴びてネットを覗くと、こんなショッキングなニュース。
【がんと闘い49年 塩沢ときさん死去………………独特の髪形とトークでバラエティー番組などでも活躍した女優でタレントの塩沢とき(しおざわ・とき、本名・塩沢登代路=しおざわ・とよじ)さんが17日午前3時23分、スキルス胃がんのため都内の病院で死去した。79歳。葬儀は、すでに近親者のみで済ませた。塩沢さんは、30歳で舌がんを患ったのをはじめ、2度の乳がんを経験するなど、がんと闘いながらの芸能人生だった。
 所属事務所によると、塩沢さんは、06年4月スキルス胃がんが見つかり入院。がんは肺などに転移しており、右肺を切除する手術も受けた。同年10月に、一度は退院したが、転移が見つかり今年2月に再入院した。生涯独身で親族にも先立たれていた塩沢さんは、担当マネジャーに最期をみとられ、帰らぬ人となった。「自分のやせ細った姿をみせたくない」という塩沢さんの遺志により、18日に都内で事務所関係者らにより、密葬が営まれたという。塩沢さんは、「多重性がん」の体質で人生の多くの時間をがんと闘っていた。30歳だった58年、舌がんの手術を受けた。その後、85年には、右乳がんで乳房を摘出。さらに04年には左乳がんが見つかり、左の乳房も失った。常に健康に気を配り、再発の恐怖も抱えたが、明るさだけは失わず、豪快なキャラを通し続けた。それでも、がんとの闘いは終わることはなかった。06年胃がんで入院後も、転移に苦しみ続けた。病棟では、最後まで復帰への執念をみせたが、それもかなわなかった。来月下旬お別れの会 塩沢さんは47年、東宝ニューフェイスに選ばれ、芸能界入り。映画やテレビドラマなどで個性的な役を数多く演じた。84年にフジテレビ系トーク番組「いただきます」に出演し、人気者となった。最後の仕事は、06年1月放送のフジテレビ系2時間ドラマ「新 細うで繁盛記」だった。生前、親しかったタレント・黒柳徹子らが発起人となり、6月下旬にお別れの会を開く予定。】
 塩沢さんというのは、オレが芝居の道を志すきっかけとなった役者さんのひとりで(他には、曽我町子さんとか三谷昇さんとか汐路章さんとか)、「オレもこんな怪しくて面白い芝居をしたい!」と思わせてくれた人なのだ。特に「レインボーマン」で演った“アマゾンの魔女イグアナ”は絶品で、高校時代にはよくモノマネをしたものであった。『いただきます』の下ネタおばさんとしてブレイクしたときには、「知る人ぞ知る怪女優」が大衆化してしまったことに、マニアならではの憤り、そして一抹の寂しさをおぼえたものだったけ。2度目の乳ガンを克服したときの会見ではいつもの塩沢節が聞けて安堵したというのに……。合掌。
 桜田宗久くんからケータイに着信。某件についてしばし話す。原稿書きなど少々やったあと、気分転換に夕食の買物に行ってから入浴。また原稿書きの続き。しかしどうにも眠くなり、9時ごろにダウン。「スイマセン、明日の朝、早く起きてちゃんとやりますから……」と誰だかわかんない相手に詫びながら、半ぐらいには寝てしまう。怪優というものが年々歳々いなくなっていく現実はつらいなぁオレ。
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  1. 2007/05/21(月) 18:18:31|
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