本日の○○(仮)

いろんなモノを書いたり『薔薇族』作ったり、幅だけはやたら広くやってるおっさんの身辺雑記です。オレに関心ない方にはあまりお勧めできないかもね(笑)。

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巨星堕つとバイク便

8月1日(水)

 8時半から仕事。10時に外出。郵便局などで用足しをしたあと、中野新橋などをまわって食料品の買い出し。ずっと通っていた八百屋、予告どおり先月末日をもって閉店したようで、ちょっと寂しい思い。正午に帰宅し、汗だくになったのでシャワーを浴びる。
 仕事の合間に、週末に録画しておいたNHKの深夜番組『通』をみる。ゲストの半田健人が昭和歌謡曲の魅力をあますところなく語り尽くすというもので、さらにその模様を収めたVTRを昭和歌謡の巨人、阿久悠氏が進行役といっしょにみながら半田理論がどのくらい的を射たものであるかを検証する、という凝りに凝った趣向。「1985年生まれの団塊世代」と自称する半田の昭和歌謡に対する造詣と愛着のふかさには、さしもの阿久氏もタジタジという感じである。「ホントに22歳?」という驚嘆の言葉は演技やリップサービスではない魂の声だと思うぞ。
 夕食どき、ニュースを観ていたら、メシを吐き出しそうになるような驚愕のニュース速報が!!!!
【「北の宿から」など作詞家の阿久悠さんが死去………………5000以上の曲を作詞した“20世紀最大の作詞家”阿久悠(本名・深田公之)さんが1日午前5時29分、尿管がんのため死去した。70歳。兵庫県出身。ピンク・レディーの「UFO」「サウスポー」、都はるみの「北の宿から」などポップス、演歌、アニメなど幅広く活躍し、数え切れないほどのヒット曲を連発。昭和歌謡史そのものといってもいいほどの存在だった。
 1967年、作詞家デビュー。山本リンダの「どうにもとまらない」、森昌子の「せんせい」、都はるみさんの「北の宿から」など、アイドルポップスから演歌までジャンルを問わず大ヒットを繰り出した。70年代半ばからは、沢田研二と組み「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」をヒットさせたほか、歌手オーディション番組の審査員を務め、「UFO」のピンク・レディーや山口百恵、桜田淳子を発掘し、歌謡曲の黄金期を築いた。また小説も執筆し、淡路島で育った体験を生かした「瀬戸内少年野球団」が映画化された。99年、紫綬褒章を受章した。】
 絶句、であった。阿久さんというのは久世光彦さんと並んで、めったに他人を尊敬しないオレが惜しみない敬愛をささげる二大作家のおひとりなのだ。“俗”を積み重ねることで“聖”を凌駕してしまった人として、オレはお二人を“聖俗人”と呼んでいる。自身が作家として目指すのはまさにこの高みであり、この域に到達することこそがオレの生まれてきた意味であるとも思っているのだ。昨年、久世さんが亡くなり、そして今度は阿久さんまで……。「ご冥福を──」なんて月並みな言葉など口にできないほどのショックである。ついさっき、ひょっとしたら最後のテレビ出演であったかもしれない映像を観た直後であるから(いやなシンクロニシティである)よけいに衝撃が大きく、また現実感が希薄なのだ。
 7時すぎ、昨日約束した『なんでも鑑定団』に使用する映像をバイク便にて制作会社まで発送。10時すぎまでゴチャゴチャやってから「カルトさん」の本日分は終了。
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  1. 2007/08/06(月) 21:02:34|
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